喜びも嬉しさも
それ以上の苦しみやわたしがわたしで無くなるような感覚も
ありとあらゆるものを味わったのは
こんな状況だと
わかりながらも
知りながらも
それでも、踏み込むことをやめなかった
わたし自身へのしっぺ返しだったように感じることもあった。
当時、わたしが
書くことを大切にしながらも
書きたいと思いながらも
それでも全てを書くことを踏みとどまったのは、
その人が
一番大切にしている人を
それ以上には傷つけたくない気持ちがあった。
いやもう、じゅうぶんに
本来の彼女を
傷つけることを
わたし自身もしていたのだけれど。
彼女以外の
後から後から関係を持った女性達のこととは別に
何とも、言葉にするのが難しくはあるけれど、、
わたしは、その人の彼女に
敬意を抱いていた。
その人も
「○○(彼女)が、由香のことを素敵な人だと言っていた。
素敵なブログを書いているね」と
そう言ってきたりして、
読まれる可能性があるのならば、
書くことも全てでは無い。
と、思った。
わたし自身の地元にいる大切な人も
そもそも
「(自分とのことは)書かないで」と言う人だった。
書かないということで、
守るものや
書かないという愛もある。
それでも、
今になって書けることがあるのは、
わたしの中で起きたことは消えないというのもあるけれど、
その人の周りに取り巻く女性関係は、
全て、変わったから。
家族の形は変わってなくとも。
だから、
あの頃に関わる女性がリアルタイムで居ない今、書くことが出来る。
わたし自身も、
今、身を置く場所で生きながら
心の中に
その人から聞いた
その人が関わった女性達の幸せを願う気持ちもある
わたしだけが、苦しみ傷ついたわけではない。
わたしも、
誰かを傷つけた。
生きる中で、
そのどちらの側面もあることを
わたしは忘れてはいけないのだとも思う。
