このブログを書いたあと、
もう、いいや。と
ラインもブロック、削除した。
なぜ、
最後に別れた後も
連絡が繋がっていたか
「お願いします!!
連絡だけは繋がっていて下さい!」
その
懇願のような言葉が、
それまで何度もわたしを呼び戻し、
きっと、どこか気持ち良かったのだろう。
たくさん、女がいるその人から
たくさん、女がいたその人から
そう言われることに
それでも
わたしの存在は残っていることに
どこか、優越感も混じっていたのだろうか。
何度も、
ずるい。
と思っていた。
ブログの表に見える姿と
ブログの表に出る登場人物と
見せない部分でしていることが
ずっと
ずるい。と思っていた。
ブログを通して、
ある相談に乗るカウンセラーをしたかったその人は、
ブログを通してそれを叶えていたし
何故か、
影響力がある人だったけれど
表に書く像と
本当にしていることのギャップが
わたしの中に
嫌悪感や憎悪として
焼き付くほどに
何度も感じた
「全部書いて
わたしだけじゃない。
他の人も、
全部
関わるなら、
みんな大事にして」
何度、言っただろうか
考えるより先に
何度も言葉の方が出ていた
「僕のブログは
由香のブログとは違うから
フィクションだから
ファンタジーみたいなものだよ
気にしなくていい」
「やりたいこと(カウンセラー)のために、やってる」
そう、何度も返された。
いろんな渦中
「あなた、、、
いつか、刺されるよ。
誰かに、いつか刺される
それぐらいの
女をバカにすることしてる」
それも
何度思って言っただろうか。
それでも、
どこかこの人は
人の心を扱うことに長けていて
自分が人にして返ってくる
怒りや憎しみには飄々としたバリアがあるのか
動じない人だった
「僕は、上手く別れるから、
刺されたりしない
別れは円満なんだ
」
「聞いてる限り
円満って思うのは、
あなただけだよ。
女の人達に
やってること
やってきたこと、酷いよ」
何度も繰り返した会話
今思えば、
ある意味
サイコパスでもあったのかもしれない。
やってしまえば、
飽きる。
それはブログも
きっと、カウンセラーもおなじで
ブログの更新も
ほとんど無くなり
いつしか、カウンセラーもやらなくなり
やって飽きるのも人それぞれだし、
個人の自由だけれど
どこか、
色んなことに「飽きる」ということになかなかならないわたしは、
ここに来るまでに、
とても時間が必要だったのだと思う。
それでも、
飽きた。という感覚が訪れたわけではないけれど
どちらかというと、
時間がお薬。そんな感覚だろうか
全てが無くなるわけではなくても
今年の秋が来れば、
わたしのブログは9年か。
9年の中で
始めた頃は、出会った人達も色濃く
ブログも盛り上がっていて
年月の中で
色んな人がブログを辞めて行って
寂しさも何度も感じながら
だからこそ、
ご縁が繋がって
今もブログを続けてる人達に
時が重なることが
当たり前では無いということも感じる
ブログでご縁が繋がった人達
書くペースは、
それぞれのペースを大切にしたらいい。と心から思うけれど、
それでもここに居てくれることに
ありがとう。と思う
そして、
わたしはわたしを書く
わたしの生を紡ぐ。
溢れぬ場所にいるものならば、
わたしの言葉を
何度でも迎えに行って
わたしの心を
何度でも迎えに行って
わたしはわたしを紡ぐ。