そこから伝わる振動は、


わたしの中で大切にする

愛と芸術

を呼び覚ました。




それと同時に、
未消化の願いも。







“叫び”
という記事の一部に書いたこの一文の





浮き出た
「未消化の願い」は










「書いて欲しかった」


という想いだった。








このブログの中のカテゴリーに


修羅の恋
修羅に咲く


というテーマのカテゴリーがある。






このカテゴリーの軸となる人物は、
同じ人だ。








そのカテゴリーの軸となる人も
ブログを書く人だったから






もう本当に
本当に


本当に






わたしは、
その人に




わたしを


書いて欲しくて


書いて欲しくて




書いて欲しかった。







当時、
本当に、その気持ちが、強かった。








書く。ということを
わたしの中で大切にしていたから




書かれる。ということは
凄く嬉しかった。






押し付けるものでは無いと、
わかっていても。




存在している。


と感じたから





存在したかったのだと思う








その人の
書く世界でも。









「書くなら
全部書いて



わたし、存在してないみたいだ」




何度、
訴えただろう










何だか、
その名残りの感情が


残像のように浮かび上がってね










それに気づいてから、
見つめてた。












欠けたプラトニックなわたし達は、


時折、近況を報告していた。








だけど、



もう、それももう、いいかな。と

そう思えた。














振り返りながら、


その人の書く世界で
フィクションとノンフィクションも入り交じりながら、





わたしは
「ユリカ」という名で



存在していた。








存在していた。



























未消化の願いを





わたしがわたしのブログで存在させて

消化させたらいい。








載せちゃダメだ。と


ずーっと自分に縛ってたのは、
わたし自身だった。











書いて欲しかった!


それは、
わたしがわたし自身にでも、あるのだろう。







今だから、出せる。
そんなこともある。




それでも、出すことが全てではない、
それも、わかる。







それでも、
わたしは、
わたしを書きたかったのだろう。





わたしを
存在させたかったのだろう。






消化していくこともまた
いろんな感情が
入り交じったのだろう。








もう、いい。



もう、大丈夫。






わたしの未消化の願い。





書いて欲しかった。

書きたかった。





昇華していく。







昇華していく。







時が満ちて







ひとつ



またひとつと