9月29日。
仕事がお休みで、
この日にNamelessの香りを
完成させ、発送させたい。と思い、


それを
やり遂げることが、出来た。







9月、決算月

お仕事も精一杯やって




最後の休みに、
香りも完成して



9月、やり切ったー!
あぁ、もう29日で
9月が終わったみたいだ飛び出すハート
お疲れ様、わたしニコニコ飛び出すハート飛び出すハート

と思って



9月の最終日の朝を迎えた。






その、朝。


先輩スタッフに

「今日、18時半からお店のミーティングがあるんだけど、いい?」

と聞かれ


もともと、月末に早く帰れるとは思って無かったけれど、
なんだろう?と思っていたら


「店長が、夕方来るから。」と。








店長は、
育休中で

保育園が決まれば、10月から仕事復帰の予定で、

わたしの中では

「わたしも復帰予定の11月には保育園入れなかったし、
4月まで休んで、戻って来てくれたら嬉しいな」

そう、思っていた。






去年、
店長が、産休で抜けてから、

改めて、
店長の凄さ
居てくれたことでの安心感
居てくれることでたくさん頼っていたこと
居てくれたことで、たくさん助けてもらっていたこと

感じていた。




それは、
わたしだけじゃなく、みんなも。




だから、
それまで、店長がフォローしてくれていたこと、
自分で頑張るしかなかったり
みんなで踏ん張ったり
みんな実績が思わしくなかったりでお店の雰囲気が落ち込んでいたり

いろんな、局面があった。





「帰ってくるね。」

そう言って、産休育休に入った店長を

店長が抜けることで
不安に感じるスタッフが多い中でのお店を


みんな、どこか

店長が、帰ってくる
その日まで




それを
心の支えに、頑張っていた。


もちろん、それだけでは無いけれど。



きっと、
みんな、どこか、心の中に
店長が居て



店長が離れていても
店長が休みでも

休みだからこそ
「帰って来る日」を心で待って

支えに
励みに
頑張っていた。




それくらい、
大きな存在だったのだな。と
店長が抜けてから、
わたしも、みんなも、感じていた。

全てを言葉にはしなくても。







9月30日の夕方。

お店のみんなや
マネージャーが居る中
店長がやって来て



「、、、、

、、、、、、

本日付けで、
退職することになりました。」



と言った。



マネージャーと
1人の先輩スタッフだけは知っていて、
決算月や
お店のみんなのモチベーション
それをみんなで踏まえて、、

報告を月末に決めたようだった。




誰よりも、
店長の帰りを待っていた
店長が育てたスタッフが
突然の報告に
目の前で、泣き崩れる。









わたしは、

子どもがいる身として
子育て中のなかで働く身として

店長が
帰ってきて欲しいな、も
店長
帰って来れないかもな、も


どちらもわたしの中にずっとあって

帰って来ない覚悟というか、
それもしていたつもりだったけれど




“本日付け、、、
今日で、退職なんだ。”

と
感情を感じることが
追いつかなかった。





よく、世の中にあるセリフで

「会社は、自分が辞めたって回る」

とか

「世の中は、自分が居なくなったって、回っていく」

ってあるけど




それも、そうなのかもしれない
そうなのかもしれないけどさ


そんなこと無い。

とも、強く思うのよ。







確かに、
確かに、

回っていく


というより


回すしかなかったりする時もある






辞める。という決断までの
葛藤もあっただろうし

「家族のことに、専念しようと
自分で決めました」

その決断は、
応援したいとも思う。






その気持ちも持ったまま、


帰って来て欲しかった。

そう思う、わたしも居る。





また、一緒に働きたかった。

そう思う、わたしも居る。





これまで、たくさんの人の退職を見送り


共に頑張った
ママスタッフ達も辞めて行き


子育てをし合う店長は
子育て真っ最中の同士の意味でも
わたしにとっては大きく




店長が休みの間
ママスタッフはわたしだけで

わたしの中で抱えるもの
感じるものも、あった






帰ってくる、その日。を
どこか励みに
どこか支えに


それが
「帰って来ない」という現実は、


喪失感
不安
悲しみ

そんな感情にもなった。






それを
感じるほどに、
大きな存在であり

愛情を注いでくれたことにも
感謝を感じながら。









夏の前に、
わたしは、
去年、子どもが夏休みの時に持ち帰ってた時に取っていた
あさがおの種をベランダの鉢に植えた。






日に日に
すくすくと伸びて
支柱を立てないとな。と思っていたんだけど



先延ばしにしてしまっていて




支柱を立てたんだけど



ある程度伸びてしまってたみたいで
その伸びや
重みに支え切れず


もうすでに、根元近くが
ポキンと
折れてしまっていた。






それを見たときに、

性質や種類にもよるけれど



健やかなまっすぐな支えがあることは
健やかにまっすぐに伸び
育つことが出来るのだ

 
健やかな支えを求めること
恥じなくとも
何もかもを自分だけで頑張ろうとしなくとも
いいのだ




と
わたしは夏前の朝顔から
感じ
自然の姿から
学んだ。







わたしにとって、
スタッフにとって、


お仕事の上で
店長も、そんな存在だったと思う。







店長が帰ってくるまでに、少しでも成長しておきたい

店長が帰ってきたときに、店長が大変にならないように
店長がしてきたこと覚えて、出来るようになって、協力したい

店長が帰って来たときに、働きやすい環境で迎えたい

店長が教えてくれたこと
姿で見せてくれたこと
それを居ない間もお客様に還元したい



それぞれが
それぞれに
いろんな想いを胸に抱いて。



胸に抱いて
過ごした1年の月日は、

ここに触れられる存在が居ない時ですら

共にあったのだと思う。






思わず、

何かの話しのタイミングで

店長に


「ずっと、一緒に居たよ」


とそう言葉が漏れ出た。





店長が、

ひとりひとりに

ハンカチと
そこにメッセージをくれて




それぞれに
ぴったりのものを
選んでくれて




よく見ててくれたんだなぁ。


って、
わかってたつもりだったけど、

改めて感じた。














いつも一生懸命で
お客様への“愛”と“感謝心”がすごい!

ゆかさんがいるだけでその場が明るくなり元気になれる
パワースポットのような存在の人だなぁと
ゆかさんと会った時から思ってました




そんな風に
感じていただいてたんだなぁ。と




9月30日の夜、
夜もなんだかんだと9時半過ぎに帰りついたあと

読みながら
涙が頬を伝った。









なかなか、気持ちが追いつかず
感情が追いつかず


ようやく
感じたものが
溢れて


今日やっと
ブログに書けて


ブログの前半は
泣きながら書き



気持ちが浄化するように




喪失感
不安感
悲しみ



それだけでは無い


共に過ごせて
注いでもらってきたからこそ
本当に安心して
働くことが出来た感謝を。






そして、
今、それでも

やってくる日々の中

共に一緒に働くスタッフに
愛と感謝を。







それでも、

それでも、


身を置く場所で

日々が来るのならば。




わたしの命がここにあるならば。




どんな立場でも

働きやすく
安心していられる場を
つくりたい。と


やさしい世界で
溢れさせたい。と


わたしの場所から
そう在りたいと



今出来ることを
泥臭くも
ひとつ
またひとつと
心を込めようと






ますます
そう思うのです。