今回、

あれ?と思ったのは、
恐怖感みたいなものを長く引きずらなくなったな。ということ。







時折、
何度も振り出しに戻るような
自分に
相手に


萎縮したとか
バクバクした
よりも


がっかりした。

がどちらかというと、強かったんだけど。









眠れなかった日よりは、
睡眠取って


お仕事したり
家事したり
子どもと関わったり


その中でも
旦那さんに話しかけたり


そうやって過ごす中で







わたし、
その発された

〇〇してばっかりでもない。

と
自分で自分に思えた。







「〇〇ばっかりしやがって」
の〇〇は、


不倫ばっかりしやがって
だったんだけど。






2日ぐらい経って
自分の中が落ち着いたら、


わたし、
そればっかりなわけじゃない。と自分で自分に思えた。







“過ぎるのを待つ”って
わたしが生きる上では
これまで必要だったことのように思う。






学生の頃
いじめられていた時の感覚が蘇ったんだけど、


そう
過ぎるのを待った。


信じた
穏やかな未来を


穏やかで幸せを感じる心を。




じっと待った。

抗わなかった。






ただ、生きた。



自分の
存在は消えなかったから


相手の存在も消えなかったから




発せられるものを
浴び続けたけれど、


その中で
ただ生きた。





心を守りながら
感じるものがありながら


黙って
ただ生きた。




 流れていくものを


わたしを流れていくものを


通過させたり
残したりしながら

生きた。










わたしは、
もう

自分の中で大切なものが
自分の中で明白で





だから
思ったんだ


去年思ったんだ



もう、それを
二度と
ノートにも書かない




こうした公の場でも
出さない




だけど、
それは大切にしていないわけではなく、

大切だからこそ
わたしの心に持ち
置いておくもの。










味方でいよう。と思った。





わたしはわたしの味方でいよう。と思った。








大切なものを大切に
わたしなりに進んでこう。と思った。