エロティシズムは、
命の根源。




それを出す中で、

生と死

に関わるメッセージをいただいたりもしました。







それは、

あることをきっかけに、
周りには「生きてて良かった」と言いながらも、
本当は、死にたいとか
早く死ねないかな。と思う自分


だけど、
由香さんがエロティシズムを世界に向けて輝きを放っていたから、
もう少し生きていたいと思った。


命の営みを思い出させてくれて、ありがとう。






中身の詳細は省いてますが、
そんな想い。









「生きようよ!」
「死ぬのはダメよ!」
なんて言葉じゃ、
伝わらない

響かないと思ったし



文字から滲むものを感じながら、


人生で
カラダで感じてきたものを感じて。
わたしも言葉を紡ぎました。






「生きたい」も「死にたい」も
命の選択。


そう思うんです





命は、
輝きもあれば
昏さ(くらさ)もある


自分の中に湧くものならば、

「生きるのが辛い」
「消えたい」
そう感じることもひっくるめて

命のリズムの一部



命の営みの波。







生きてるんだから。
こうじゃなきゃ。
こうしたらダメ。
こう感じたらダメ。
こんなこと思ったらダメ。




そうじゃなくって、

自分で湧くものを
自分で自分の中に流してあげる。







エロティシズムは命の根源だけれど、

エロティシズムって
エロさって
自分の陰の部分でもある




無かったことにするから、
自分が苦しい



見ないふりをするから、
自分が自分に生きづらい






生命の輝き
命の昏さ


生きたい
死にたい


そのときの瞬間


それでも生きているから


「生」を感じるから見える景色
感じる景色がある


「死」を感じるから見える景色
感じる景色がある





それは、
その人だけの
自分の中にある
尊いもの





自分の中にあるのならば、
自分の中に湧くのならば、
それがしんどくても、
そう思う自分自身がしんどくても、
思う自分を自分の中で見てあげる



自分の選択なら、
自分の望みなら、
どちらかがいい。と測れるものではなく、 
どれも尊い。
その瞬間に湧いた自分の中のもの。




いつしか、生が尽きるとき、
肉体から解放されるとき、
わたしは、それもまた、幸せだと思うのです。




生きることだけがいい。じゃなくて、
命は、生も死も陰も陽も
全てを呑み込む。
そのサイクルで、その全てで営む。







そのうえで、

わたしは、
このカラダがあることが嬉しい。



あなたと繋がることが嬉しい。







だから、
届けるんです。



エロティシズムを

命の根源を。







どんなあなたを感じながら生きても
大丈夫と。