このあと
少し旦那さんと話したりしたけれど、
ごめんね。
とだけ言って、
ハグしてくる旦那さんに
それ以上のスキンシップは返さずにするりと抜けて自分のことをしていたら
拗ねたのか、
ご飯の途中だけれど
寝始めた旦那さん。
毎回、
ごめんね。
で終わる繰り返し。
そして、
応えなければ拗ねたり落ち込む繰り返し。
どこかで、
わたしもそれを受け入れてきた。
わかる。
わかるのよ。
セックスを受け入れてもらえないことが、
自分を受け入れてもらえてないことそのものに感じることも。
わたし達の夫婦関係や
旦那さんの子ども達への(特に男同士である息子)への接し方を見ていると
旦那さんのお母さんの言葉を、思い出す。
「わたしは、
(旦那さん達が)小さいとき、
一切甘い言葉を掛けなかった。
優しくもしなかった。
厳しく厳しく育てて、
何か悪いことしたら親の顔が浮かんで悪いことをしないように
一切甘やかさなかった
ぐっと心を鬼にして。
(旦那さんが大人になった)今、それでよかったと思ってる。」
と。
聞きながら、
子育てに、正解はないよ。
お母さんは、お母さんで一生懸命育てたと思う。
お父さんにはもっと厳しく育てられ
正解は無い
無いけどさ、
その、種が
今、我が家庭で咲いている。
「連絡帳に先生に、
殴ってでもいいから厳しくしつけてくださいって書いたらいい」
という、
そんな旦那さんに。
特に感情振り切れたら、
息子を否定しまくる旦那さんに。
存在そのままより
「ちゃんと躾ないと、
こいつはこのまま大人になるぞ!
」
って旦那さんに。
お母さんは「よかった」と思っていても、
わたしからしたら、「良くない」
で、
わたしも、どこか見守りつつも、
そんな態度はやめて。とコントロールしたかった。
わたしの方が、
わたしの子育ての方が、
正しい
優れてる
無意識に、ずっと、
そう思っていた。
あらゆる場面で、
言葉や態度に気持ちをどよん
と持ってかれながら、
わたしの方が正しい。
って、
きっと、
ずーっと、思ってた。
でも、
それしてたら、平行線なんだ。
そして、
どこか、旦那さんのその背景や
肚に抱えたものを
わたしが抱えようとしていた。と気づいた
それは、
わたしがすることや
出来ることでは無い。
それは、本人のものなのだ。
自分で決めたことがあっても、
さっそく旦那さんの態度にどよん

となった昨日。
それを引きずっていた、朝。
だけど、
もう、散々、それやった。と思った。
相手がどう。じゃなくて、
わたしがわたしに気持ち切り替えて
勇気与えて
鼓舞して
誰と戦うとかじゃなくて
よし♡としたら、いいじゃない。
そう思った。
わたし、
穏やかで幸せで楽しいパートナーシップがいい
って、
心底気づかせてもらった。
自分に
穏やかで幸せで楽しいを
たくさん与えようと思った。
周りが、じゃなくて、
わたしが自分にゆるそう。って
そう思った。
わたしは、
好きな人と
好きと想い合える人と
穏やかで幸せで楽しいパートナーシップがいい。
もう、
どんな別れ方も
どんな結末も
受け入れます。
そう思った。
