昨日の朝、ブログを書いたあと


寝不足で眠くて眠くて、


学校が土曜授業なのもあり、
学校に送り出す前に児童クラブのお弁当を作らなきゃだと
作って
ひと息ついたとき






怖かった


そう思ったら、
気持ちがゆるんだのか、


夜は黙って息を潜ませていた体がゆるんで




涙が出た。







怖かった。

怖かった。





そう、
わたしは、旦那さんの
中にあるものが


旦那さんが肚に抱えているものから感じるものが


とても怖い






そう感じる。






言葉でどうこうとか
日常でやってくれることとか


そういうことじゃなくて



見えない部分というか
感じとる部分


それが、怖いのだ










伝える勇気を
とブログに書いたけれど、



わたしもわたしなりに、
これまでも気持ちを伝えて来たな。と

そう思った。








何年も伝えてきた、

わたしでありたいとか
子どももありのままいて欲しいとか

笑っていたいとか




もうほんと、
願いは、ただそれだけなんだ。









わたしは、
旦那さんには“怖いから”ベースで動いていた



旦那さんの中にあるものを感じて



セックスだってそう。



全部を断ると、
怖いから。




怖いから、
応えた。




応えたというか、
ただの穴となった。




わたしの中の愛情を響かせることもない

動物の交尾よりお粗末な
何も生み出さない
虚しい排泄行為








仕事中に
ラインも来た




「ゆかのこと信じていいの?」


と。







信じる


って、


そもそも、
何を?


何をだろう?






信じる



その言葉の意味合いそのものが、
わたしと旦那さんとでは、
全く違うのを感じた。





ざっくり、信じていいの?と問われて、



ここでわたしが
信じていいよ。と言おうが
言うまいが
信じなくていいよ。と言おうが






信じる信じない、って、
人に委ねるものじゃなくて、


自分の中にあるものだ



どうしたって、
信用が揺らぐなら
それが自分の答えだし



信じる。も
信じない。も
自分で決められる








きっと、旦那さんは旦那さんで、
わたしに向き合うのが怖いのかもしれないね。




めちゃくちゃ酔ったときか、
こうやってラインでか
そうでしか伝えられない
旦那さんなりの怖さと
それでも問わずにはいられなかった想いと






怖い。と
たくさん感じて来た


それでも、そこに居続ける努力をしたのも、わたし。








満月の日に、
思った。




恐怖ベースのパートナーシップをやめる。と






決断を
今起きていることを
誰かのせいにするのやめる。と



決断を
今起きていることを
旦那さんのせいにするのやめる。と







それが、わたしの今の一歩だ。