「愛をありがとう」

「いろんな経験をありがとう」




それも、波のように押し寄せる




時もある。









穏やかなときもある


凪のようなときも


揺れるときも


荒れるときも












出会った頃。



お互いに、
ブログのフォロワーさんは
同じくらいだった。




100人くらい。









その人は、
ブログでやりたいことがあり、

どんどん
どんどん

フォロワー数も増えて行った。


何百人が
何千人へ。








そして、

だんだんと、


自分自身のことは、書かなくなった。






たくさんの人が読むから、
関わりを持った人達が読むから、


「もう、
自分のことを出せる場では無くなってしまったよ」


そう言った。









「繁栄」って、なんだろう。

「愛」って、なんだろう。



何度も
何度も
何度も思った。







「わたしは、
あなたをまっすぐに見れてるのかなぁ。」

「わたしは、
あなたをまっすぐに愛せてるのかなぁ。」


そんなことを思ったし、
それを伝えた。





「どんどん、
有名になっていって、
それを手放し難いって思ってるだけなのかなぁ?
それは、愛なのかなぁ?って、考える。」





わたしは

まっすぐに見れてるかな。

まっすぐに愛せてるかな。





それは、
その人だけにじゃなく、
自分の中にある問い。









どこか、
こびり付いてるんだ。




わたしにとって、
繁栄は、「しんどい」







人が増えていって、
表現したい自分が表現出来ない。ってなるなら、
わたしにとっては、しんどい。







突き抜けるだけ、では無かったり
突き抜けられなかったり

紆余曲折あったり

葛藤があったり


人を好きになる。ということの


みっともなさや
愚かさ


その瞬間のどれもが

切り捨てたりしたいものではなくて




表面だけ急速に変わるわけでもなくて



いろんなものを断ち切って繁栄したいわけでもないんだ。








感じたいのは、
関わる人そのもの。


見たいのも、
関わる人そのもの。



その人から滲むものや
醸し出されるものを感じたいんだ。









結局、
わたしは、ゆったりじんわりと
自分の世界を愛しているのかもしれない。