最近、めっきり、
わたしがエネルギーを注いでいたもの。
それは、トイレ
え?
トイレ?
八木さやちゃんの恋愛講座を受けながらね、
恋愛の枠を超えて
ほんと、命そのものに響いて、
その中に、
生理は、
子宮任せにするんじゃなくて、自分と連動する。
体と脳と心と、一体化させるために生理ってある。
月経って、凄いんですよ。
みたいな言葉があって。
わたし、今、5年布ナプキンを使っているのだけれど、
途中、仕事のときは市販の紙ナプキンを使ったときもあったし、
「全然、紙ナプキンも使えるじゃん。」と思ったけれど、、
布ナプキンを使い始めたあと
紙ナプキンを使ったとき
紙ナプキンの経血の匂いがとても気になった。
それで、仕事中も布ナプキンを使ったりしてたけども、
たくさん出る日とか、どうしようかな?
って思ってたんだけど、
産後すぐとか
我慢するとかじゃなければ、
月経はトイレで出せる
って言葉に、
そもそも、
わたし、トイレ行ってないね。
と思った。
ナプキンに血がつかないタイミングでトイレに行けるのが、
体に必要な水の量と
自分の体のタイミング
布ナプキンを使え。ってことじゃなくて、
布ナプキンを使える環境じゃなきゃ女性は稼げない
体が安心しない
トイレで仕事を選んでいいかも
人間の底辺だから
女が努力するのは、女の又の力で
女が努力するのは、股なんですよー!
大きな願いの前に
まずはトイレから叶えてあげて
生理的欲求だから
今まで、聴いたことがあった言葉も、
命に響いた。
そんでもって、
布ナプキン任せじゃなくて、
体ともっと連動したいな。と思った
家にあった紙ナプキンは、捨てた。
今使っている布ナプキンたちも、
生地が痩せてきてることに気づき
いつしか「布ナプキンを使っている。」ということだけで満足しようとして見れていなかったな。と思った
家のトイレも、
不快だなぁ。をずっと無視してたけど、
壁や、
床、
トイレ本体、
そのまま放置していた汚れを落とした
娘と一緒に
「可愛いトイレがいいねー♡」って、
ひたすらトイレを見て夢を描いた笑
アメブロに辿り着いたとき、
パートナーシップに悩み、
セックスという、大きな快楽
そこですら感じなくなったとき
自分に絶望した。
パートナーを心の中で責めた。
自分自身も
なんて未熟なのだろう。と思った。
そこから、
布ナプキンやメモリーオイルで感じることを取り戻して行った
自分の願いを知って
願いに身を委ねた
命を委ねた
セックスの痛みを
セックスで癒した
塗り替えて
塗り替えて
これまでも癒えた。と思うほど
許しに似た感覚になった
新月・満月のタイミングを頭で意識する時期を経て
新月や満月を意識せずとも
ただ、そこに月があることが美しい。と感じた
目の前に宙が広がることが美しい。と感じた
朝起きると、
昇る朝日が、
どこまでも照らして
わたしを照らして
希望に満ちるのを感じた
今日も命がある。
それだけでいい、と思えた
この命を、
好きなことに使いたい。と思った
この命を、
目の前の人に注ぎたい。と思った
外側のパフォーマンスじゃなく、
内側から
体から
命で感じる幸せを。
どんな出逢いも
どんな学びも
わたしを360度帯びてゆく
好きも
嫌いも
快も
不快も
わたしと繋がり
わたしの愛となってゆく
感じて
のみこんで
出して
輪郭になる
感じること
出すこと
どちらもまっすぐに
気持ちいい女でありたい
快も
不快も
怖さも
感じられる女でありたい
セックス
排泄
トイレ
生理
命の根底に
今わたしの中でこの子が響く
また創ろ♡
言葉になりきらない想いで今いっぱいなんだけども、
全部は言葉になりきらなくても
出したかったから出してみた♡









