前回の記事を書いたあと、
「ゆっくりしたい。」
「休みたい。」
たったそれだけが、言えなかった。
と出てきた。
このとき、
体がはち切れそうなほどに、
声を出して泣き叫んだときを、思い出した。
前回の記事に書いた
体内の水分には古い記憶が宿る
って言葉に、
もう、
体中で持たなくていいよ。
って思った。
ゆっくりしたい。
休みたい。
ひとりになりたい。
それを言っちゃダメだとか、
思っちゃダメだと、
いつしか思ったんだな。
「そんな寂しそうな瞳をしないで」って、
「そんな傷ついた顔をしないで」って、
思ったんだ。
ひとりが好きなこと。
ひとりの時間を持ちたいこと。
それと愛情は、くっついてないんだ。
別物なんだ。
だから、
そんな傷ついた顔をしないで。
そう思ってたんだな。
もともとは、
ゆっくりしたい。
休みたい。
ただのわたしでいたい。
その時間を持ちたい。
それだけだったんだな。
旦那さんは、いつもお仕事を頑張っていて、
自分に厳しい空気を纏っていて、
そして、わたしに全力で、
一緒にいると、
感情の方向が、
すべて、わたしに向いているように、わたしが感じていたから
そこを切り離す時間や距離感が、
欲しかったんだな。
そっか。。
押し付けられたわけでもなく。
わたしがそう感じたんだな。
そう。
押し付けられたことは、無い。
ただ、
わたしは、どこか、感情が同化してしまうような感覚になるから、
穏やかな人を求めたのだな。
「もう、
体中で持たなくていいよ。」
そう思っても、
それが、わたしの体で腑に落ちるまでは、
何度も繰り返しながらなのかもしれない。
ゆっくりゆっくり。
繰り返しながら、
焦らなくていい。
ゆっくりしたい。
休みたい。
たったそれだけが、
とんでもなく大きく感じるときも、
それもそのとき、わたしが感じたこと。
ゆっくりしたい。
休みたい。
たったそれだけを、繰り返しながら。
今までのことを体中で持たなくていいよ。を
何度も許しながら。
何度も何度も
排泄しながら、
解き放ちながら、
何度も何度も。
体に落ちるまで。
何度も何度も、
体と一体になるまで。