わたし
表現すればするたび、
ひらいた。




そして、

表現って
表現「するもの」じゃなくて、

もうここに存在していること
ここにある命がすでに表現されたもの

なのだ。と辿り着いた。















もう

「わたし」すら超える

「表現する」すら超える


超える。というか、命の深い真ん中にある


命って、
誤魔化しの出来ないものです


この命に表現されたものが、わたしなのです





命の中にすべてがあって


いろんな命の中にいて
いろんな命と共に、ある。





誰が表現してもいい。
どんな命だっていい。











わたしの名前は、由香。




子どもの頃、
普通過ぎて嫌だった。



今は、この普通の名前が、
わたしにしっくり来て、好き。




この名前に、
わたしがこの肉体で使う命の鼓動が
詰まっている。







娘の名前の漢字を決めるとき、
見つけたブログをふと思い出し、
由香を見てみた。








「そのことが生じたわけ」の意味を表す。物事と関係づけていくことの意。
風情。趣。また、教養。


また、『由』という漢字には、よりどころという意味があります。
つまり、この漢字が名前に使われている人は、周りの人が安心して居られる居場所になれる可能性があると考えます。


この漢字をもつ人の土壌(能力)は漢字から、豊かです。
あとは出ている芽を自分がどのように育てるかによって何にでも能力を発揮できると考えます。

つまり、由という漢字が名前につく人は、

 

何にでも変化できる可能性という芽を持ち、自らの豊かな土壌をさらに発展させ、周りの人の拠り所になることができる逸材


『由』という漢字を持つ人は、

このような存在になれる可能性があると考えます。






そして、

香



香とは目に見えないもの、ここでは雰囲気を指すと考えます。


先ほど香とは、人が醸し出す雰囲気といいました。
人には必要なんです。
何が?

落ち着くための、
優しさにあふれるゆったりとした雰囲気
が
必要なんです。




自らが相手をやさしく包み込んであげることができるかもしれない人となれる香という漢字を含む人

無条件に相手を許す存在となれる
やさしい雰囲気をもつことができる人、この人こそ
『香』という漢字を持つ人の強みなのではないでしょうか?








改めて、読みながら、

あー。わたしだ。って思った。








わたしの場合。

「わたし」という存在すら、

握りしめた手のひらから開き放たれたとき、



この命を本当の意味で、

全う出来るような感覚になった。







わたしという肉体の持つ命と

そのわたしと関わるたくさんの命や自然と響き合いながら。








わたし。という枠を超えたとき、

もっと、わたしを生きられる。




命に表現された

わたし自身を

  





そして

その命をもっと表現するために

わたしの生を

この身体を使うの








そして

命とわたしが

もっと繋がる



命を表現することはわたしを生きること

わたしを生きることは命と鼓動を合わせた表現





命も

わたしも

どちらも愛と喜びの中を生きられる














最近、

わたしの造語なんだけど、



愛香


という響きが、わたしの中で響き溢れる。










香とは、その人の内側から放つもの。

愛とは、その人の存在そのもの。



愛香は、

その命から自然と滲み

こぼれ

溢れ

放たれるもの








ひらくたび、

自然とブログのタイトルも変わり。



そして、

その生を生きるというか。




辿り着くところも

根っこも


このタイトルも

いづれ、わたしの名前になるのかな。


















タイトル、しっくり来るまでコロコロ変わるかもだけど♡












昨日の夜、
真上にあるお月様を見上げると、

真点から光を放って

光の輪が出来てた。








わたしも、
わたしの命の真ん中から
放ちたい