どこに行ったって、
どこで表現したって
わたしには
表現する怖さ
がある。と、今回気づいた
なんていうんだろ
「ここまでは、表現する。
だけど、この先は、怖い」
と、
躊躇いが出るのだと。
だけどねぇ、
もう、わたしには
脱いだところを表現することしか、
残っていない。
残っていない、というか、
したくないの。
出来ないの。
出すものが偽りならば、
わたしは、黙ってる。
それが、そのときの表現。
てゆーか、
ブログのタイトルじゃないの。
そうだったじゃないの。
何かになるんじゃなくて、
表現を、やめない。ってことだ
横を見て
周りを見て
大切だと感じてる人に
勝手に嫌われないように
「わたしが出すのはこれくらい」って
「こんなわたしは、人と違うから」って
自分を止めないことだ。
表面じゃなくて、
その奥を自分でちゃんと感じるの。
いつも
いつもいつも
真のわたしを
もっと、
わたしの本質を
わたしの魂を
わたしを、表現したい。
表現するたび、
わたしもわたしに出逢うのだよ
真ん中を表現できた祝福に満ちるのだよ
怖い
だけど
見たい
行きたい
何かを変えるわけじゃなく、
極端にわたしがどこかに行くわけでもなく、
ただ、
望む方をひたむきに見て
そっちへ。
そっちへ。
立ち止まりながらも、
わたしの真を表現しながら進む。
