七夕の昨日は、
に参加してました。
とは言っても、
わたしはその時間、子ども達と過ごす真っ只中だったので、
あとで動画を見るスタイルだったのだけれども。
リラって何?
それを頭で考えるより、
ただただ、その瞬間に響き合いたい。そう思って申し込んだ。
今、言葉では書ききれないけれど、
確かに、私の中で響き
わたしの胸で感じているものがある。
核となるものは
どんなときも愛で立つことができる
ということ
それは、
「愛しているよ」って
そういうことじゃなくて
どんな出来事も
どんな感情も
何が起きても
そこに存在するものをまっすぐに見ながらも
わたしで立てるという愛
わたしであれるという愛
わたしは
ハードモードでも
痛くても
闇でも
それでも愛の中で立てる、
愛であれる。を
経験したい
体現したい
それでも、愛を体現する。と決めて
わたしは、
それをやりに、
今世生まれて
今、生きている。
そして、
七夕の翌日の今日は、
けいこちゃんの2回目のセッションだった。
けいこちゃんのセッションを受けてから
それまで、感じっぱなしの状態で放っておいたものが、
ぐんっと現実化に向けて加速した。
それは、
この肉体を持ち、
地球という物質界を最大限に使って
感じたことを表現するための旅の始まりだった。
夏至の日に
アトリエをオープンすることを決め、
それから、そこまで駆け抜けて、
「夏至まで、やり切ったら
わたしはまた、けいこちゃんのセッションを受ける。
わたしは、そのあと、またわたしの魂に逢いにゆく」
夏至前から決めた。
夏至後は、お仕事も月末まで駆け抜けて、
ほんっとに「わたし、よくやった。
わたしの体、めっちゃ動いてくれたよ。
ありがとう」
そう思った。
ほんとにほんとに、
やりたいことに注いで
頑張り切ってくれたね
って、
わたしがわたし自身に思えた。
けいこちゃんの今日のセッションは、
けいこちゃんが録画してくれてたから、
メモを取ることもなく、
ひたすら感じた言葉を喋ってたし、
わたしは、わたしの感じる全てと生きている。
と思っていたけれど
わたしの感じること全てだけじゃなく
わたしの頭で考えが及ぶことだけじゃなく
もっと
もっともっと
大きく、壮大なすべてと生きている。そう思った
だから、
わたしは、この物質界で、
わたしの肉体を使いたいし、
わたしの肉体を使って欲しいのだ
パートナーシップもそう、
わたし先日ふと
「!!
わたし、旦那さんとのパートナーシップで「あーもうほんっと、大っ嫌い!!」「そういうとこ、嫌い!!」みたいな、
嫌いとかイヤだみたいな感情を味わいたいのだな」
と思ったの。
その役を旦那さんがやってくれてる。というか
で、快も不快も炙り出されて
ここで、旦那さんへの嫌いなとこを書いたけど、
「大っ嫌い!」と思えることを許せたら、
その後、旦那さんの子ども達への態度が和らいだ。
ほんと、
フィルターをかけず
そのまま生まれた感情を自分の中で許すことが、
1番、
自分や相手への信頼なのかもしれない。
「こんなとこ、大嫌い!」を言える信頼。
それは、存在そのものを否定しているわけではないということ。
その先にね、
お互いがお互いのままあれれば
いいと思うんだよ。
まっさらに、
何のフィルターもなく、
無邪気に生きていく。
リブログした、けいこちゃんの記事もまた響いて、
ずっと恋しているみたいに
生きていられる
って言葉。
これは、
男性に対して、とかそういうのに限らずさ、
自分から湧いたものを
蓋をせずにいる
感じたものを淀ませないでいる
濁らせないでいる
そんな生き方や在り方だと
わたしは受け取ったんだよ
けいこちゃんに旦那さんとのことを
「由香ちゃん達、めっちゃ仲良しだよ」
って言われたんだけど、
わたしの頭では及ばない、
深いところで響き合うものがあるのかもしれない。
そして、
近いうち、きっと、
わたしのゲスさもどんどん家で公開されていくのであろう
怖いけど。
そしてもう隠せてもいないと思うけれど。笑
言葉ではまとまってないけど、
今日、感じたものを出したかったから、出す。
七夕のお話し会や、
今日のセッションで、
今ひたすら流れるタイタニックの映像

