ドキドキしながらも書いた記事
コメントをありがとうございます


嬉しい

わたしね、
写真は苦手です
でも、
撮るのは好きです
今まで、
ブログに載せてきたたくさんの写真
愛を込めて撮ってます。
素敵な写真がいっぱい♡
見返したとき、
わたしがそう感じる♡
そして、
載せることは無かったけど、
それと同じくらい
わたしは、わたしの写真を
撮ってきてた。
【フォトセラピー】
だったんじゃないかなぁ。と
思う。
ブログに少し書いたことあるけどね、
わたし、中学校最後の一年間、
クラスの強い男子グループから
毎日
「ブス」といろんな罵声と
笑い声を浴び続けました。
年度始めのとき、
視力が悪いわたしの目付きが
「あいつ睨んでる」
そこからがスタートだった。
ターゲットになってしまった。
と思った。
過ぎるまで、耐えるしかない。
そう思った。
だけどね、
卒業式の日まで、
終わることは無かった。
何度、
家で声を押し殺して泣き叫んだだろう。
何度、
このまま時が止まればいいのに。と思っただろう。
何度、
このまま命が止まればいいのに。と思っただろう。
何度、
わたしは、わたし自身を殺しただろう。
何度、
わたしは、わたしの心を殺しただろう。
過ぎるのを、
ただただ、耐えた。
この体と心で、
ひとりで耐えた。
小学校のときのように、
学校に行きたくないことで悲しませたお母さんを、
悲しませるわけにはいかない。
心配させてはいけない。
そう思った。
せめて、、
長い昼休みは穏やかに。
そう思っても、
見つかれば
1時間近く、叫ばれるその言葉を浴びた。
日々の中で、
ブスも
笑い声も
罵声も
わたしの背中に当たる男子の靴底の感触も
わたしの心と体に
刻まれていった。
心と体が
凍てついた。
誰が知る? 本当の私 本当の心
誰が見る? 本当の私 抉れた心 嘔吐く
この曲は、DIRの新し目の曲だけど、
わたしは、あとからあとから
京さんの表現に本気で命を繋いでもらったと思ってる。
卒業式の日。
やっと、終わる。
そう思った。
卒業アルバムを開いて、
男子グループが
特大の声で言った
「ギャハハ!
やべー!
ブースッッ!!」
ねぇ?
あたしが何した?
何も出来ず耐えたけど、
あたしが何したのよ?
何もしなくてもダメなの?
いるだけでも、ダメなの?
卒業アルバムの自分のところは、
帰ってから、すぐにシールで貼り潰した。
「もう、
こんな私を卒業してやる!」
そう決めた。
そのあとも、
何度も何度も
気持ちの波はやってきたけど、
わたしは、生きてる。
たくさん、たくさん、
自分の写真も撮った。
わたしの為に
たくさん、たくさん、
愛を込めた
わたしの為に
写真に映る背景は、
関係無かった。
ただ、撮りたいときに
わたしの為に撮った。
だんだんね、
表情が
解れてくの、わかった。
思いついたら、
すっぴんだろうが
撮った
アプリのチカラも借りながら
写真で笑った感じが
思いっきり表現するのって
難しいんだね。
そう思いながら、
変顔的に笑ってみたりも出来るようになった
昨日のコメントを見て
わたし自身が
写真を撮ることで癒されていってたのだ。と
気づいた
めっちゃブスな写真も
いっぱい撮れる。
それもいいよ♡って
自分の中で思う。
その繰り返しだった。
いろんな経験していい。そう思ってる。
だけど、
あのときのようなわたしの経験、
それは、女の子の誰にもして欲しくない。
娘がそんなことあったら、
「逃げていい」って言う
「行かんでいい」って言う
「耐えなくていい」って言う
「いつも言ってるけど、今日も可愛い」って言う
「あなたは可愛い」って言う
「あなたの存在がまるごと可愛いし愛しいんだ」って言う
行くことや頑張ることや耐えることが
全てじゃない。
ただ、わたしはあのとき、
それしか知らなかっただけ。
男の人で傷ついたけど、
それを癒してくれたのも
男の人の言葉と態度だった。
そして、最後の最後は自分だった。
本質の美しさを思い出すことだった
本当の美しさに還ることだった
だからね、
わたしは、
本質を見ていたいと思うの。
いつも、
心からの
「あなたは美しい」
を
目の前の女性に伝えていきたいと思うんだよ
もう、
重さも
苦しさも脱いで
心から笑い合いながら
本質の美で
輝き合う世界を創っていきたいと思うんだよ








