ずっと、余韻の中にいる。
この間、
今一番会いたかった人、太宰治に会ってきた
この映画があると知ったときから、
観たいと思ってた。
自分が何を感じるか知りたかったから。
見終わって数日経っても
映像の美しさと
それぞれの人物の生き様と
何より
わたしは
妻役の宮沢りえが心に残った
太宰治の妻として母としての息吹を与えてくれた
もう本当に、
3人の女性の中で、一番セリフは少なかったと思うのだけれど、
なんか、宮沢りえのシーンが一番胸に響いたし、泣けた。
ほとんど黙ってるんだけど、
黙っているからこそ、放たれているものをより感じた。
ちょっとネタバレになっちゃうけど、
太宰は妻に、自分の作品を
「誉めないねぇ」
「誉めたことがない」
と言ったけれど、
違う。
誰よりも誰よりも、太宰の文学を愛した。
誰よりも太宰の中にある才能を見てたし、
誰よりも書くところを見ていて、
太宰そのものが書きたい人だと知っていた。
だから、1人の女としての思いもいろいろ
いろいろ
女としても
妻としても
母としても
言葉に尽くせないくらいにいろいろあったと思うけれど、
体を治して家庭に戻ってくると言った太宰に妻の美知子が言葉を発する場面が
ものすごく心に触れた
「家庭に帰って来なくていいですよ。
いつも死にきらずに戻ってくる。
家族を家をわたし達を壊しなさい。
壊したら、もっといいものが書けるんでしょう?
あなたには、もっと凄いものが書ける」
一語一句このセリフではないかもしれないけど、
ぐっと溜めて
吐き出すようにそう言った
そのシーンが魂に触れて
あのシーンを見れただけで、
もう
わたしはこの太宰に
この映画に出会えてよかった。
そう思った
そう思えるくらいの演技というか、
もう、本当にあの瞬間、宮沢りえじゃなくて太宰の妻に見えた。
美知子の胸に飲み込んだ火は、
結果的に、繁栄しかなかったんじゃないかな。
生きる死ぬを超えて、
今もこうやって太宰の文学は生きている。
書く
それは魂の表現欲だったんじゃないかな。
そして、
何が幸せか
生き方だって
死に方だって
全部選べる
たとえ身を任せるしかなかったとしても
それが不幸なわけじゃない
たとえ、人から見て不幸そうに見える瞬間も
美しく
幸せなんだ
人が決めることじゃない
自分が感じること
自分が決めること
そう感じさせられる映画だった
それぞれの中に、わたしの欠片を見た気がした
あるセリフの中で
「斜陽は、
女が男に捨てられた話じゃない。
女が社会を捨てた話だ。」
とあって、
斜陽のモデルになった
沢尻エリカ役の静子が
本当に幸せそうに
「夢見るように生きていける」
と言っていたけれど
社会の枠じゃなく
自分の本当の幸せを問う
自分の幸せは自分で決められる
そう感じる映画だった
表だけ見たら、太宰はとんでもない男かもしれないけれど、
翻弄される姿が滑稽でありながらも、それぞれの女性の願いを叶えていったんじゃないかなとも思うし、
何より自分の願いを知る3人の女たちは、それぞれに美しく幸せそうだったわ
いろいろ感じることがたくさんあった
また、観に行く
太宰が嫌いだった脚本家の早船歌江子さんの話も興味深かったな




