わたし、ここ最近、自分の気持ちを伝えるということをしていると書きましたが、

気持ちを伝えたり、届けることをしていたら、
昨日、職場の子から、気持ちを伝えられるという逆の展開がやってきました。





昨日は、お店でイベントがあり、
そのときのわたしの行動について、彼女なりに思うことがあったみたいです。







“あのとき、こうして欲しかった”
“ゆかちゃんの行動が、わたしにはショックだった”と。


↑全然詳しく書いてないので、ざっくりですが。





まっすぐに伝えてくれる彼女の瞳を、
わたしもまっすぐに見つめながら静かに聞いていました。







正直、胸がしくしくなって、
泣きたくなりました。
ショックな気持ちもありました。





帰ってからも、
ショックな気持ちや
落ち込んだ気持ちをただただそのまま感じて。








ショックな気持ちや悲しい気持ちをたくさん感じたあと、

どうして、ショックだと思うんだろう?


って、自分の中で感じていました。






そしたら、彼女のその意見に、
“わたしそのもの”を否定されたような気持ちになったから、ショックだったんだなぁ、と思って。。





でもね、彼女が伝えてくれた言葉、
彼女の在り方を感じたとき、
“その先”にあるものは決してわたしそのものを否定するものではない、って感じました。






普段仲良くしていて、
正直、わたしに“伝える”のはものすごく勇気がいったと思います。


でも、わたしだからこそ、そこを越えて伝えてくれたんだと感じました。






彼女の言葉の想いのその先は、
もっとお店をよりよくしたい
もっとスタッフみんなでよりよくなっていきたい
もっとお客さまに喜んでもらいたい


その想いや在り方をわたしと分かち合いたかった、育み合いたかったんだなって感じました。







そこを感じて、改めて、
ごめんねと、伝えてくれてありがとう、の気持ちと言葉とともに、彼女に連絡しました。






そしたら、
「わたしの気持ちを受け止めてくれてありがとうえーんゆかちゃんとだったら、一緒によりよくしていけると思って」みたいな言葉を返してくれました。





やりとりしながら、胸がいっぱいになって、
泣きそうになって。



わたし、今まで、自分の気持ちを伝えることもだけど、
相手の気持ちを知ることが恐かったんだな、って気づきました。




だから、相手の想いを見れてなかった。







でも、分かち合いたい、育み合いたいって、自分だけじゃ出来なくって、
相手の想いや在り方も知りたいって思うようになりました。






伝えてくれたときの受け取り方も、変化したな…って思った出来事でした。





伝えられた先からも、
分かち合える、育み合える。

そこからまた感じたことがあれば、何度だって伝えていい。







気持ちを伝えてくれて、
本当に本当に
ありがとうえーんハートありがとうえーんハートありがとうえーんハート
そう思ったのでした。