本を片手に、どこまでも。 -1191ページ目

SVAカンボジア図書館ニュース1999年5月28日

今日はプノンペンから車で3時間半のコンポンソム(シアヌークビル)に絵本を取りに行きました。朝6時出発で、夕方5時にプノンペンに戻ってきました。メンバーは鎌倉、チャントン、ポリー、ソポン。絵本の54箱の積み下ろしは辛かったですけど、海を見て、エビを食べたので満足しました。仕事だったので泳ぎはしませんでしたが、砂浜を少し歩きました。足を海につけて地平線を見ると、空と海と陸とのコントラストが綺麗で、一瞬仕事の忙しさを忘れました。プノンペンに帰ってきたら一気に現実に戻されましたけど。



1)図書館活動に関する一言



"A room without books is like a body without a soul."(本の無い部屋は、魂の無い肉体のようなものである。)


- Cicero (
キケロ:古代ローマの哲学者・政治家・雄弁家)



"One picture tells one thousand words."(一つの絵が千の言葉を発する。)

     - カンポット州教育局長がJSRCの絵本を見た後に言った言葉)



2)カンダールワークショップの報告書

5月13日から15日まで行われていましたカンダール州でのワークショップのレポートが出来あがりました。ポリーが作成しました。書いてもらった後、話し合いをして不明な点を聞き出し、少しだけ補足的説明として付け足した部分もあります。



ワークショップレポート



日時 1999年5月13日~15日

場所 カンダール州タクマオ市 州教育局

内容 子どもの心理的発育、おはなしの方法、図書館の役割、謄写版の使い方

参加者 80人 (おはなしを聞きに来た幼稚園児を合わせると115人)

  州教育局職員 5人、郡教育局職員 11人、監査員 22人、教員養成学校の職員 11人、クラスタースクール     の代表 31人、幼稚園児35人)



1.ワークショップ内での活動

  カンダール州教育局の副局長であるトンロング・シントー氏が図書館の利点を説明した。シントー氏は「図書館は倉庫ではない。人々や子どもの教育のための活動が行われることが、重要なポイントとなる。」と述べた上で、おはなしと子どもの心理的発達の関係、体と脳の発育を参加者に説明した。またシントー氏は「よいストーリーテラー(語り部)になるためには、まずたくさんのおはなしを知ること、おはなしを研究して自分のものとして消化し、心を入れて語ること、おはなしをしている最中聞き手の気持ちをくみ取ること。」と参加者にアドバイスをした。シントー氏は、JSRCの図書館活動がカンダール州の6つの郡(11郡中)で教育局との強い協力体制のもと行われている事に感謝の言葉を述べた。

  JSRCのインストラクターであるチャントンが、子どもにおはなしをするための絵本の有効利用法を講義した。チャントンは「絵本に使われる絵は大変重要な役割を果たしている。なぜなら子ども達は文字の前に絵を見たがるからである。それゆえに、絵に使われる色や描き方が重要となる。子どもは絵の意味を自分の中に吸収し、頭の中で想像する。」と述べた。

  以前JSRCのワークショップに参加したことのある2人の先生が来てくれ、彼らの経験を話してくれた。この先生方は、JSRCのワークショップでおはなしの仕方を学びそしておはなしの意味を理解し、現在友達や子ども達におはなしをしていると述べた。またおはなしは子ども達を含め聞く人を引きつける力があると語った。

  チャントンが謄写版の使い方を参加者に見せた。JSRCのインストラクターが謄写版の説明をした後、先生方が一人ずつ実践してみた。ステンシルに文字を書くのが難しいという参加者も多かった。

  16日、ワークショップの参加者は、カンダール州キエンスヴァイ郡スダオ・カンレング小学校で行われたJSRCの移動図書館を見学した。(車はカンダール州が用意した。)子ども達は大喜びでスタッフのところにかけ寄ってきて、「おはなしが聞きたい。おはなし大好き。」と言っていた。まずじゃんけんゲームをして、子ども達と踊った。その後おはなしをしたが、一つのお話が終わるたびに「もっとおはなしを聞かせて」という声が上がった。参加者もその光景を見て大変喜び、そうして図書館活動の意味を理解していた。特に参加者は、おはなしを通じ子どもと先生の間に良い関係を築き上げられると感じ取った様である。最後は先生、参加者も加わり子ども達とゲームをしたり、踊りを踊ったりした。



*移動図書館の参加者数*

教員 12人

子ども 650人

日本からの見学者 3人

合計 665人



2.印象

1)参加者側

  参加者はおはなしの技術の講義を集中して聞いていた。JSRCのインストラクターが子ども達におはなしをしている時、参加者は絵本の絵をじっと見つめていた。またインストラクターの動き(絵本のめくり方、しゃべり方)を真似していた。

  おはなしを聞いている子供たちは、インストラクターの質問にためらうことなく答えていた。中には質問が出されると、間を置かず答える子どももいた。参加者は、子どもの態度が教室にいるときと違うと述べた。

2)子ども達

  ワークショップの初日、タクマオ市にある幼稚園から35人の子ども達がおはなしを聞きに来た。80人のワークショップ参加者に周りを囲まれているのにも関わらず、子ども達は集中しておはなしを聞いていた。チャントンが「パングのはみがき」という紙芝居を読んでいるときも、静かに聞いていた。このお話は子どものレベル、年齢に合っていたと思われる。この紙芝居の中では、「上から下に磨こう。下から上に磨こう。」をいう歌が繰り返し歌われるが、子ども達はすぐその歌を覚えストーリーテラー(チャントン)と一緒に歌っていた。子ども達は、驚くほどの記憶力を持っている。



3.意見と要請

参加者と州教育局は、図書館活動の流布と強化のためにJSRCにワークショップの機会を増やすよう要請して来た。また3日のワークショップでは期間的に短いので5日間にして欲しいという声も上がった。

*タクマオ市幼稚園の園長から絵本や子供達が遊ぶためのゲームの配布を希望してきた。また移動図書館をしにきて欲しい、またそこの幼稚園の先生方におはなしの技術を教えにきて欲しいという要請があった。

*カンダール州教員要請学校から、おはなしを研究するために絵本を何冊か配布して欲しいという要請があった。

*スダオ・カンレング小学校の校長から、図書館に絵本を配布して欲しいと言う要請があった。スダオ・カンレング小学校は1000人以上の生徒がいるにもかかわらずクラスタースクール制の衛生校なので絵本の配布の対象になっていない。(絵本の配布は中心校を中心に行っている。)ここの小学校には図書館はあるが本が無い。



4.絵本の配布

ワークショップを行うだけではなく、絵本の配布も行った。カンダール州にある全部の中心校に図書館活動を広げる計画がある。このワークショップの後、カンダール州教育局に絵本とゲームなどを配布した。これらの本は教育局を通じカンダール州の60の中心校に届けられる。配布はカンダール州教育局が各学校の調査を行い、配布するものを決める。また配布先の学校名などは後ほど教育局から報告される。



クメール語絵本 6,000冊/25タイトル

外国語絵本    100冊/25タイトル

謄写版       11セット

移動図書館の箱  4セット

紙芝居       100部/10タイトル

のり 
17
箱

ゲーム 
35
セット



5.おわりに

やはり3日のワークショップは短く、4・5日は必要であると感じた。4・5日あれば、もう少し参加者が意見の交換や質問をする時間が持てると思う。また参加者同士だけではなく、学校と学校、郡と郡、クラスタースクールとクラスタースクール同士が意見を交わせるであろう。

チャイ・ポリー 図書館事業課絵本出版担当


3)メーキング オブ ワークショップ報告書

  ポリーは、カンダール州でのワークショップのすぐ後、カンポット州とタケオ州に出張が入っていました。だから報告書は空き時間を見つけては書いていました。鎌倉もためらいながらもかなり「報告書は?」とプッシュをかけていたのでした。ポリーが報告書を持ってきたとき、「良くやった。」と思わず言ってしまったぐらい。鎌倉の感想は「面白く書けているし、突くところもちゃんと押さえている。」と思いました。数的データだけではなく、子どもと先生の観察、インタビューの結果など質的なデータも入っている。なによりポリーがじっと参加者を観察しているということが伝わってきて面白かったです。

  次の日にフィードバックをしようと思ったのですが、アンロンビル小学校の統計をコンピューターに打ちこむ仕事をしていたのでそれに集中していたのです。そうしたらポリーの方から「幸さん。ワークショップの報告書のフィードバックが欲しいんだけど。」と聞いてきました。これまた嬉しかった。

  とにかく量的(Quantitative Data)と質的データ(Qualitative Data)がうまく組み合わせて書かれていること、ポリーの観察が入っていたこと、子ども達のおはなしを聞いているときの状況が手に取るようにわかるということ、を述べました。また「シントー氏が、図書館の利点を述べたけど、もう少し詳しい内容が知りたい。」と言うコメントもしました。報告書の書き方はどこで勉強したの?と聞くと。ポリーは「最初ここで働き始めたときは、書き方なんて分からないので、何月何日に何をしたという日記のような文章を書いていた。でも高山さん(前のコーディネーター)が、子どもの視点をいれて書くことを教えてくれた。それから子ども達を注意して見るようになったんだ。」と言いました。シントー氏の詳しい講義の内容については「2枚だけの報告書なので内容までは触れられなかったけど、ノートは取っているのでまとめる。」と言ってくれました。

  話の最後にポリーが、「正直に言うと、ここで仕事を始めたとき、おはなしの効果なんて信じていなかった。本当に子どもの発育に役立つなんて・・・。やはり目に見えないものだし。今は嫌と言うほど理解できるよ。だって自分の子どもが「お父さん。絵本を読んで。おはなしして。」といって、自分を放さないんだ。チャントンのようにうまくおはなしはできないけど、自分なりにがんばってるよ。子どもの方が絵本の内容とかをしっかり覚えていて、間違って読むと「お父さん、昨日と違う。」っていうんだよ。子どもの考える力ってすごいね。」といっていました。

  「今度はポリーの子どもの反応に関するレポート書いてよ。あとカンポットとタケオの出張報告書もよろしく。」いうと、笑ってコンピューター室に入っていきました。



4)レポート書きに関するご意見をお待ちしています。ポリーに言ったのは鎌倉個人としての感想です。中には「こういうことをもっと書いていった方が。」というコメントもあると思います。よろしくお願いします。


SVAカンボジア図書館ニュース1999年5月27日

 今日手束所長のお別れ会がありました。まず4時からオフィスで最後(?)のミーティング。ここでは手束所長の言葉の後に、各セクションの代表から挨拶がありました。図書館からはアシスタントコーディネーターのチャトラーがスピーチをし、「図書館の開発と教育の促進のために一生懸命働きます。」と誓いの言葉を述べていました。総務のソペアックが「手束さんが欠けるのは家族の一人がいなくなるようなものだ。」と言っていました。

  その後場所をヘンライレストランに移しスタッフ全員と各省庁(教育省、宗教省など)のスタッフが参加する中、夕食会が催されました。この日は、お掃除のおばさんからガードさんまで参加。盛大なお別れ会となりました。しかし所長室を見るたびに「本当に帰国できるのだろうか。」と思ってしまうのは鎌倉だけでしょうか。



1)タケオ州教員養成学校の本の入れ替え

  プノンペンの図書館事業課が運営している常設図書館の一つにタケオ州教員養成学校の中に設置された図書館があります。この図書館はなかなか良い場所に設置してあります。教員養成学校の中なので、ここで学ぶ学生達が図書館やおはなしを見学できます。またこの敷地内には小学校と幼稚園があるのでそこに通う子ども達が頻繁に足を運んでくれています。また教員養成学校の向かいにある病院や少し離れた小学校からもこの図書館に来るそうです。一日に300人から400人も来るので、外で中に入れるまで待っている子ども達もいます。そういうこともあって、本はすぐボロボロになってしまいます。図書館員の先生が本の上にカバーをしたりセロテープで補強したり、大切に管理をしてくれているのですが、やはり一年もすれば補強も間に合わなくなってきます。

  今日チャントン、ソポル、ポリーが絵本の入れ替えと図書館員の先生方への挨拶に行って来ました。今日も午前中だけで400人近い子どもが来ていたそう。チャントンが「もうあの小さい部屋に子ども達が沢山いて、外で待っている子どももいた。あそこの図書館員の先生はお絵描きとか折り紙が出来るので、図書館で子どもに教えている。今日も子ども達が絵を書いていたよ。」と報告してくれました。

  そのためここに来ている子どもは、なかなか絵がうまいです。絵本を写したり、タイのアイドルを写したり、外の風景を写生したものが多いのですが、たまに「えっ。これを9歳の子どもが描いたの?」というものもあります。さすが教員養成学校だけあって子どもが描いた絵はきちんと子どもの名前と年齢を書き込ませ、絵本の背の部分に穴をあけ、糸を通し本にしていました。




2)ニロード図書館に新しい図書館員


  ニロード図書館はプノンペンにある常設図書館です。この図書館はニロード寺という大きいお寺の中にあります。ニロード図書館は1993年に設立された、図書館事業では一番古い常設図書館です。事業開始から6年目。来年正式に地域にハンドオーバーします。ハンドオーバーのために、JSRCプノンペン事務所、郡教育局、ニロードの周りの小学校の校長、ニロード寺寺委員会で何度も話し合いが持たれました。話し合いの中で、課題となったのが図書館員。今まではJSRCのスタッフであるフンランおばさんがニロード図書館に通っていましたが、ハンドオーバー後の図書館員を探さなければなりませんでした。寺委員会は「図書館員の給料までは出せない。」といってきたので、なかなか前に進みませんでした。

  そこで郡の教育局からの提案もあり「郡教育局の職員をニロード図書館で働いてもらう。」ということに決定。先週、チャンリア・スマイさんがニロードの図書館員になることが決定しました。チャンリアさんは今、フンランおばさんから折り紙を習っているところ。ソヴァンもおはなしのトレーニングのために週に数回ニロード図書館に行っています。チャントン、ソポルのインストラクターコンビもフンランさんとトレーニングスケジュールを立てています。チャトラーは「やっと郡教育局から図書館員が決まったという手紙が来たときは嬉しかった。ずっと待っていたよ。」と興奮気味に話してくれました。

  ニロード図書館のハンドオーバーは2000年の1月の予定。



3)フンランさんのリクエスト

  いつも静かなフンランおばさん。そのフンランさんが、朝のミーティングの後、「幸さんお願いが。」と行って来ました。なんだ?と思い聞いてみると「6月1日の子どもの日のイベントに一緒に行きたいんだけど・・」と一言。「当たり前だよ。一緒に行こう!ありがとうフンランさん。」といってしまいました。



4)子どもの心療内科医院での移動図書館

  今日チャトラーとソヴァンがタクマオにある子どものための心療内科医院にモニタリングに行って来ました。以前寄付した絵本がいかに使われているか、あと最近チャトラーが主導でリサーチしている子どもの権利と差別に関する情報を得に行きました。その際、6月5日に病院内で行われるイベントに参加することになりました。ソヴァンが移動図書館をします。


SVAカンボジア図書館ニュース1999年5月26日

バッタンバンの教育局からアンロンビル小学校の統計が届きました。過去3年間分のデータです。今、図書館スタッフがコンピューターに打ちこみ作業をしています。アンロンビル小学校といえばNHKでそこの移動図書館活動が取材された小学校。今からこの3年間で就学率がどう変わったかを出すのが楽しみ。

 ふと学校建設の白板を見たら「6月1日子どもの日のイベントへ ソカー」と書いています。図書館事業課だけじゃなく、プノンペンの全事業課ががんばっているのね、と思いました。



1)図書館事業 事業目的

  月曜日に事業の目的を再確認した図書館スタッフですが、その時のミーティングで使われた書類を紹介します。この目標等は1999年度の計画書を作る時点で、図書館事業課のスタッフ、所長、執行部でミーティングを開き、その中で決められたものです。



JSRCプノンペン事務所 図書館事業課



A) 対象地域

カンボジアの全州

モデル地域: プノンペン市、カンダール州、タケオ州、コンポンチュナン州、バッタンバン州、プーサット州(99年度から)、スヴァイリエン州 (99年度から)、カンポット州 (99年度から)



B) 受益者 

· 幼稚園児、小学校の生徒

· 未就学児(病院、刑務所、更正施設、孤児院にいる子どもを含む。)

· 教員、教育省や教育局の職員

· 図書館員

· 両親

· 地域住民


C) 事業の上位目標

カンボジアの学校内及び学校外教育の場における基礎教育の促進と質の向上。




D) 事業の目的

1.教育内部効率の向上。

2.子どものクメール語能力の向上。

3.教員が図書館活動を行うために必要な技術を促進していく機会の提供。

4.クメール文化を基盤とし、子どもの人格や精神の発達を促す。



E) 期待される成果

1.モデルとなる常設図書館の数が増える。

2.絵本や教育教材の不足が緩和される。

3.おはなしや教育に使われる教材が開発される。

4.子どもの行儀がよくなる。

5.子ども、両親、先生、地域住民との関係が強化される。

6.子どもの創造性が発達する。

7.欠席率と落第率が減少する。

8.民話の復興がなされる。



F) 活動

1.常設図書館の管理運営

2.住民図書館のアシスタント

3.移動図書館

4.ワークショップやセミナーを通した教員養成

5.絵本の発行と配布。教育教材の製作と配布。



2)メーキング オブ 図書館事業 事業目的の書類

  オリジナルの書類は英語で書かれていたのですが、みんなでクメール語訳をしました。しかし英語からクメール語に訳すのは難しいのか四苦八苦。英語のニュアンスをうまくクメール語にするのが大変みたいでした。

  その内、ポリーが「民話の収集が入っていない。」と一言。チャトラーが「それは8番の民話の復興がなされるに入っているんじゃないの?」答え、結局みんなで「なんか質問されたら、民話の復興の中には、収集、編集、出版が入ってますと答えよう。」いうことで納得。この様に一つ一つ意味を確認していきました。

  そうしてソポンが英語の間違いを指摘してきました。だれも英語が第一外国語の人はいないので、辞書まで登場。こうして書類は出来上がっていくのです。





3)なぜ鎌倉は毎日このニュースレターを出しているのか?

  鎌倉が小学校5年生の時の稲見先生という体育の先生が担任でした。稲見先生は小学校5年生の私には「やくざのよう」な人で、いつも色の入ったメガネをし、髪型は角刈りでした。あだ名は稲見のジッコ(津軽弁でおじさんの意)。雨のせいで外で体育が出来ない日は、「みんな!外に向かってチョップをくらわせ。」と叫んでいました。(でもその当時の私は空に向かって、思いっきりチョップをした思い出もあります。)稲見先生との記憶は体育と美術と技術。それに文化祭、遠足、運動会、修学旅行ぐらいです。それだけ教室でものを教えるのが似合わなかった先生なのでしょう。

  しかし稲見先生が毎日したこと。それは毎日学級新聞を作ってコピーし、放課後帰る前に渡してくれたのです。5年生になって初めての登校日稲見先生は「この新聞は大切に保管しておけ。無くしたらダメ!」といって第一号を渡してくれました。その新聞の名前は「ごろくのうた」。なぜ「ごろく」かと言うと、実はこのクラスは複式学級で5年生10人と6年生10人が、同じ教室で勉強していたのです。基本的に国語や算数は別々に習い(でも同じ教室にいるので、相手の声は丸聞こえ)、体育、社会、美術は一緒に勉強します。学級会ももちろん一緒だったのですが、いつも6年生が仕切るので、5年生だったときは「早く来年になれ。」と心の中で思っていました。なんせその環境ですから生徒をまとめるのが大変。

  それが理由なのか、ただ先生の趣味なのかは分かりませんが、とにかくこの新聞は毎日出されました。新聞の内容はクラスで起こった出来事、親に伝えるお知らせ、遠足や修学旅行のレポート。そしてその内、クラスメート一人一人の紹介から、親に頼んで「わが子を語る」という特集記事(写真つき)、生徒に書かせた詩、写真など寄せ鍋のような新聞でした。この新聞は主に昼休みに作られていたようで、その時間に算数のドリルを持っていったら、カリカリ書いている姿を見た記憶があります。(文章はみんな手書きでした。)

  稲見先生はどんなに忙しくてもこの新聞を出していました。また文章の書き方が文部省認定の教科書からかけ離れた、話し言葉で書かれていました。それに学年が違うクラスメートのことも知れるし、とにかく毎日が楽しみ。そして三学期の最後の日に一年分の新聞を持ってこさせ、無くした分はコピーを取り、ホッチキスで止め、背の部分にボンドをつけ、表紙の画用紙を貼って一冊の本にしました。(と言っても各自が自分の分を作るのですが。)自分で作った本を手にしたとき「私も作りたい。」と思いました。

  あれから15年ぐらい経ちますがこの「ごろくのうた」は鎌倉の宝物です。その影響のせいで私は毎日このニュースレターを出しているのかもしれません。