福岡県 鞍手郡 鞍手町の音楽教室![]()
みずま音楽教室
今年の初めに遡って…
束の間でしたが弟家族・妹家族と集いました
つい数年前まで目が離せない甥っ子姪っ子たちでしたが、障子や襖を破ることも、窓ガラスに油まみれの手形がつくことも、何かを割ったり壊したり、喧嘩が始まって大泣きしたり、大きな声で叱ることも随分と減り、子どもたちの会話と行動の一つ一つから健やかな成長を感じ、大人たちは目を細める…そんなひと時を過ごしました
弟家族は福岡の隣県(九州内)、それもこのド田舎・鞍手町よりも更に山深い、自然豊かな田舎に住んでいます
弟夫婦共に本当は好きなことや、やりたいこと1本で生きていきたいところでしょうが…世の中そんなに甘くなく(^_^;)野獣…もとい!男児軍団を抱えながら、逞しく、慎ましやかな生活を送っています
弟宅には畑もありますが、昨年は本格的にお米作りを試みたそうで
本格的とは言っても市場に出すまでの量は無さそうですが、それでも「家族が1年食べていけるだけの米が獲れたよ。」と話していました
そんな弟夫婦の話を聞いてしみじみ“立派だなぁ”と思いました
そして「お裾分け!」と、自分たちで作ったお米とさつま芋を持ってきてくれました
ありがたや、ありがたや
❇︎
現代に生きるワタシタチは、ある種の『消費快楽と便利さ』と『スピード欲求』を手放せません
それは時として『幸せの実感』を鈍らせてしまうかもしれない…そんなことを時々思ってしまいます
ですが自分の手の中に既に有るモノに気づき、それをキチンと見つめ、掴み、味わっていると、生きていく上で本当に必要なモノや必要な量が明確に見えると思います
言葉を借りるならば『足るを知る』でしょうか
でも現代人のワタシタチにとってそれを味わうことがどれほど難しいことなのか、そしてそれを味わえたらどれほど幸せなことなのか…
ではなぜ、それを難しいと思ってしまうのか?
私は『便利』が悪いことだとは全く思いません
ただ、その便利さが物事を見えづらくしていること、感性を鈍らせていることもあると思います
目の前の土に触れ、風に触れ、温度に触れ、お日様や雨に触れ…自然と向き合って時間をかけ“てしごと”をするという、『スピード』や『便利』とは真逆の生活を選んだ弟夫婦たちは、『足るを知る』をきっと知っているのだ…そんなことを感じた今年の初めでした
便利やスピードで“命あるモノ”を
そう簡単には育めないし生み出せない
それは生徒さんという命と向き合って
丁寧にレッスンをしていくこと
そして積み重ねていくことと
同じだと思います
