人間の発達や発達障がいの勉強をしていますと、自分の幼少期にタイムワープしてしまうことが多々あります
私は子どもの頃から『自分の中の不思議』をいつも感じ、子どもながら俯瞰で見ていました
夏の鋭い日差しもキツイけれど、春霞の頃のモワ〜ッとした感じがとても苦手でしたし、頻繁に鈍い倦怠感や頭痛を発症していました
もう少し具体的に言うと、春は夏に比べて日差しが柔らかいはずなのに眩しく、頭を真綿で締めるような鈍痛が続くといった感じでした
もしかすると紫外線を感じやすい体質だったのかな?と思います
それは今でもあり、曇天の日は眩しくて目が開けられないということも珍しくありませんし、夏場の強い日差しにも目が眩みます
子どもの頃は“なんでだろう?”と思っていましたが、その頃から何となく『なんでだろう=自分の体調の変化』を自覚していました
席替えで窓辺の席に移ると外気を感じられ、そして開放的になるのでちょっとした特等席のようで嬉しい反面(これは窓側席の特権ですよね笑)、そういった光がもたらす刺激で疲れてしまい、よく保健室で休ませてもらっていました
私はもう一つ、自分の中の不思議を感じていました
それは体力と心のスタミナです
例えば3日間の連休があったとします
人によってはせっかくの連休なのだから旅行に行くなど、3日間を楽しい予定で目一杯詰めるという人もいるでしょうが、私はそれが子どもの頃からどうもダメだったんです(^^;;
それは今だから言えるのですが、レストとリフレッシュの違いを私は子どもの時から自覚していたと思います
ですから3日間丸ごと予定が入っていることは私にとって休息(レスト)ではなく、あくまでもそれはリフレッシュであり、もっと言うとリラックスではないので体力を消耗してしまうのです
と、ここまで綴ると虚弱体質のような印象を受けるかと思いますが、いたって健康な子ども時代でした(偶に奇妙な病気に罹ることはありましたが笑)
私の理想的な連休バランスは…3連休を例にすると、1日目を休息日(初日が最も休息感を得られているかもしれない笑)・2日目何かしらの予定・3日目は2日目の疲れを取りながら次の日の為にゆっくり過ごしたい…これを子どもの時から理想にしていたのです
でも誰にも言わなかった
それを言うと「叱られる!」とか「変に思われる!」とかそう言った理由ではなく、それは言うまでのモノではない、“のんびり家な私のただの願望”だと思っていたからです(確かにそうでもあります笑笑)
例えお休みの中に友だちと遊ぶことや家族とお出かけといった『楽しいこと』が含まれていたとしても、今思うと『楽しいこと』も私の中ではネガティブではない、また力みもしない、だけど『ミッション』のような感覚であったと思います
大好きな友だちとワイワイと言いながら遊ぶのはとても楽しいけれど、予定が組まれている時点でミッションの感覚が強く、疲れてしまう自分がそこにいました
とにかく家で、1人で、ゆっくり過ごしたい
かと言って友だち付き合いは良好で、男女の区別なく皆んなと付き合えていました(何せ小さな頃は『オモシロなっちゃん』で通っていたので笑)
そんな私なので友だちと遊ぶことも好きだし張り切って(無理をして)友だち付き合いをしているのではないのに、それ以上に自分1人で過ごす時間はもっと大切だと、そのことは子どもの頃から強く自覚をしていました
今だからこそ分かるのですが、私にはHSC(ハイリーセンシティブチャイルド)の傾向があったこと、それを今も持ち合わせているのでHSP(ハイリーセンシティブパーソン)の傾向が強いことも自覚しています
子どもの頃は一人で黙々と絵を描いたり妄想したり(笑)料理の本と妖怪大百科と人体の不思議(子ども向け医学書)を順繰りで読み重ねるという“実に怪しいワタシ”でもありました(^_^;)
あら、エレクトーンの練習は何処へやら?(^^;;
ですから明るくてお祭り人間のようだった子どもの頃の私の姿よりも、黙々と何かを考えている姿の方が私の中では“幼き頃のワタシ”なのです
私が自分の子どもの頃の風景として1番印象的な場面は…シトシトと雨が降り出すと雨音のおかげで無になる自分の感覚でした
畳の部屋に寝っ転がってガラス窓に着く雨粒をボンヤリ眺め、“あの雫とあの雫が合体しそう…したっ!”ということをひたすらボーッと眺めているワタシは…怖いですか?(笑)
う、うん、十分に怖いがな(笑)
でもあの時の視点・光景・気温を今でも鮮明に覚えています
こうやって思い返すと今と何も変わらないなぁと思います(笑)
1人の時間は1番ホッとします
ボーっとしている時にいつもイメージするのは高低差のない脳波計の図面(笑)
自分の脳波計なんて見たことないけれど(^_^;)
そして何からもコントロールをされていない・していない自分に喜びを感じます(もはや変態の域笑)
もちろん誰かと一緒に過ごす時間はとても楽しく大切な時間ですし、レッスンでは生徒さんたちと向き合い、親御さん方とコミュニケーションをとらせていただくことを私の中の一部として(当然のこととして)無理なく行っています
ですが、誰かと向き合ったりパワーを必要とする前に自分を良い意味で空っぽにしたり、凪の状態を『力まず』作っておくこと…それが私が私に向ける永遠の課題というか、子どもの頃から今に繋がる大切なルーティンのような気がします
誰にでも特性があります
特性のない人なんてこの世にいません
大切なことは『自分の特性を自認し、その上でどう工夫をし、自分を活かし、自分の安心に結びつけられるか?また心地よい自分に出会えるか?』
『自分の安心とは一体何なのか?』
『なぜそれを自分は安心や快と感じるのか?』
『それを自覚した上でのQOL・クオリティーオブライフとは何なのか?』
『QOLに繋がる工夫とは?』
それを見出せた時に初めて『私らしさ』や『私らしい生き方』になるのかな?と思います
