福岡県 鞍手郡 鞍手町の音楽教室![]()
みずま音楽教室
一時期は本当に凄かった…
それは何かと申しますと、「生徒さんをもっと増やしたいと思いませんか?」というコンサル関連の営業案内のお電話にメール
ファーストアンサーは「結構です♪間に合っています♪(間に合うって何だよ笑)」とお伝えしますが、それでも推してこられる方にはこうお答えしています
「募集は講師側の受入れる余裕が出来た時のみ自ら発信し、限定した人数やレッスンコースで募集を行っております。全て自分のタイミングで行っていますので、少なくとも今は必要ありません。すみません。」と
私のように明確な理由を言う方はかなり珍しいようで、電話口の営業の方は大抵「おぉぉ…そ、そ、そうですか…。」と尻込みされる様に仰られます(笑)
先方さまもお仕事ですから…こちらも申し訳ないとは思うのですが…
そして決まって「きっと先生のお教室は生徒数が多い人気のお教室なのでしょうね‼︎」と
「いえ、少ないです。」
「そ、そうなのですね。」←“では何故増やしたくないの?”という営業さんの心の声が聞こえてきそうですが、「その理由はさっきも言ったやないかい‼︎」と自分勝手にイラチになる私です※もちろん言いませんよ!(^_^;)
当教室の生徒さんの人数は全くもって多くありません(多分アメブロをされている先生方の中で当教室が1番少ない生徒数の教室だと思います)
先述の通り募集が出来そうな状況時のみ募集告知をさせて頂き、自分で決めた募集枠を越えての募集や、時間のやりくりをすれば空き枠ができなくもない…という場合でも、私は心身の余裕を持っていたいので、無理をして生徒数を増やす思考は全くありません(ワガママな人間に見えたらすみません)
もし募集枠に達しなかったとしてもそれはその時のタイミングなりご縁もありますから、セールスを畳み掛けて…という事はせず、空席は空席として締め切り、その時出会った生徒さん方と在籍生の皆さんとのレッスンに集中します(今年は正にこの状況!)
そして募集を常にしない理由はもう一つ
現生徒さん方の1,2年後の進級・進学を考えた時の移動枠を想定しておかなくては「ご入会頂いても次の年には移動枠がない‼︎」という事になりますし、結果的に動かなくても良いはずの生徒さん方+多くの生徒さん方に移動をお願いしなくてはならない状況になります
今は習い事や塾通いでお忙しいお子さんがとても多く、毎年毎年レッスン曜日・時間を変更させて頂くことに私自身申し訳なさがつのります(親御さんも調整に一苦労だと思いますし、お仕事をされていらっしゃる親御さんや、遠方からお越しの生徒さん・親御さんならば尚更なこと調整も難しいと思います)
だからこそ闇雲な募集+タイトなタイムスケジュール+思いやり搾取的な状況は後々大変な事になってしまいますので、かなり前から講師側で募集枠のコントロールをさせて頂いております
そういった訳でお問合せを頂く際、“かなり限られた枠+少人数でのご案内”となり、ご迷惑をお掛けする事が正直有ります
その点は本当に申し訳ないと思っております
コンサル業務の方からすれば私のような稼働状況の講師に手解きを加えると、在籍数の増加が面白いくらいの劇的Before Afterになるだろうと自分でも思います(笑)
要はその筋の方からすれば私は格好の素材という訳です(^_^;)
今は様々な働き方があって当たり前で、法に触れず←当たり前じゃ人さまに多大なるご迷惑をお掛けしないやり方+主宰者と利用者の双方が納得しているのであればそれで良いと思います
たくさんの生徒さんを担当される先生もそれはそれで素晴らしいですし、少人数で手厚くご指導される先生も素晴らしいと思います
だからこそ皆んなが皆んな必ずしも「そうなりたい!」とは思わないのでは?と思います
では私は?
私は自分のペースを守り、自分の行いは自分のコントロール下で行いたい
私はバタバタとかギリギリとかギチギチで何かをすることや、その状況下で冷静な判断ができずに結果的にひとさまにご迷惑をおかけすることに異常なほど自己嫌悪感を持っています(とは言ってもギリギリまでやりたくなくて逃げ回っていることも多々ありますが笑)
これはもう性分と言ってもいいと思います(^_^;)
ですから自分の心と身体が健やかで、そして余裕を持っていることは、ある意味、『私の考える主宰者側の責務』だと思っていますし、そのことを前提に私の目が、声が、耳が、手が届く範囲内で生徒さんや保護者さまに対して責任を持って行える事に限定したい
何故なら私自身が
私の行いの基本だから
コレ、文字面だけ追うと誤解をされる方もいらっしゃると思うので補足しますが
誰の意見もアドバイスも聞かない、誰も頼らない、誰の為に何もしない…という意味では全くなくて
人が関わっていてもそうでなくても、最後の決断はアナタ自身であり、ワタシ自身ということ
アナタがアナタの行動を決め、ワタシがワタシの行動を決める、それが基本ですよね?という、とてもとても当たり前のことを言っている私が寧ろ恥ずかしい(^_^;)
私の目が届く稼働環境の下でレッスンができ(監視下という意味ではなく)生徒さん方や親御さん方とじっくりと向き合える事やその時間の確保が出来れば私はそれで十分なのです
それが生徒さんや保護者の皆さまにとって安心感のある音楽教室や指導に繋がると思っていますし、多分みずま教室の特色はそこにあるのだと思います
ですから「短期間で生徒さんが◯人に!」「地域でNo.1!」「◯◯◯人在籍‼︎」と言うキャッチコピーに何故か私は昔から心が全く動かず、当教室とは無縁のコピーだと自負しております(^_^;)
実はこんなこともありましてね(^_^;)
某有名ファッション誌(全国紙)から教室の掲載オファーのメールが届きまして(オファーと言っても広告料は頂戴ね♪ときたモンだ笑笑)きっとさまざまな習い事のお教室に一斉送信セールスメールが飛んでいるはずですが、(メールの内容を読むと“我が雑誌に載ることで「永久的にウチの雑誌に載りました‼︎」と雑誌名を使ってもらって良いッスよ=ハクがつくよ!という『お前何様だよ!』的な、ちょっと恥ずかしいくらいのドヤッたメールだったので笑い転げてしまいましたが)、そのファッション誌のターゲット?というかイメージと当教室は全くもって不釣り合いなので(笑)←多分先方さまは何も考えずに手当たり次第でメールを送っているのだろうなぁとは思いましたが… まぁね…紙媒体はいつ廃刊になってもおかしくないくらい、どこも瀬戸際状態なので必死なことは分かりますが…
というワケでそんなこんなで何度もお断りをしています←私からすればタウン誌や生徒さんや保護者さまの口コミの方が100倍嬉しい♡
最近は『福利厚生の一つとしての習い事』という扱いでもって「我が社に登録しませんか?=年間費払ってね。」も多いですね(^^;;
音楽指導者としての仕事と生徒さんや親御さんと向き合う時間、そしてサポシーの活動(子育て支援・障がい児支援チームの活動)今携わっている町の福祉活動、そしてこの夏以降、『私で良いんですか⁉︎』的な任務連携?を頂けることになりそうなので(公表できるタイミングがあればその時に♡)、私にできることで何かお役に立てることや自分自身で勉強になることは受け入れていきたいと思いますが…
あくまでも私は私の身の丈にあった事をしたい
そして自分のキャパを越えた所にある責任を私は果たしておえるのか?と思うと…人の心身はたった1つなのですから、そんなに多くの物事を同時に抱える事は出来ない(オマケに私は不器用ですし)…つまり責任はおえないと思うので、『身の丈に合った事をする』、場合によってはキチンと理由をお伝えして『お断りをする』は(少なくとも私には)大切な事だと思っています
それを『ネガティブ』『ビビり』と捉えられることはその人の自由ですけれど、私からすると『ポジティブでいるための自己管理』だと思っています♪
無理をすると必ず生活のどこかでバランスを取ろうと歪みが出て、そこから歯車が狂って身体反応として出るのが目に見えているので
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私のお気に入りのお店のオーナーさん方は皆さんとてもゆったりとした印象を受け、お仕事が非常に丁寧です(特にカフェなどの飲食店にはコロナ禍で3〜4年近く足を運べず、オーナーさんにお会いすることもできていませんが)
きっとそれがご自身のペースであり働き方であり生き方なのだろうと思います
それは提供して下さるサービスに当然表れ、ちょっとした会話の片隅に、佇まいや所作、そして作り上げられたその店舗内の空気感に『その方らしさ』が溢れています(自慢では有りませんが私は直感的にそういった方を見つける事が得意!)
いわゆる団塊世代である私の親からすれば、そういった働き方は「フワッとした感じで(商売っ気がない事)経営は成り立つの⁉︎」と大体は心配されます(^_^;)
でもそれぞれのオーナーさんには誇りと情熱を持って丁寧に、真摯に、お仕事をされていらっしゃる事が私には手に取るように分かります
そりゃー生きていくには
お金が必要です
だけれど(綺麗事ではなく)最低限の生活が出来き、後は心豊かに、健やかに、穏やかに、心地よく、しなやかに生きていく事の大切さを最優先にされていることが分かるのです
私が以前お世話になっていたヨガの先生(長年NYに住んでいらっしゃった方)やロンドンで長年暮らしていたイトコ・Yukiちゃんの言葉はいつも「日本人の勤勉さや真面目さは素晴らしいけれど、とにかく働き過ぎだし休むことに罪悪感を持っているように見える。」でした
日本人には時として無理をすることや、身体を壊してまで働き倒すことに『誤った美学・尊さ・喜び』を見出す恐ろしさがあります
実際にワーカホリックの人はご自身がワーカホリックだと『本当の意味で』気づかないケースが殆ど
身体や心を壊していることや心身のサインを“いつものこと”と自己判断を流してしまっている人もかなりいらっしゃいます(見逃すと言うよりも本当は怖くて直視したくないという心理も働いている感じがします)
そこで思うのです
心身を壊してまで働かなくてはいけない社会って何だろう?それを当然とする風潮や美徳とする日本の悪き風習は何なのだろうと思うことがあります
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私の好きなお店のオーナーさん方を拝見していて思うこと
皆さんの共通点はあくせくしていないこと
そして仕事を大切にしながらも、その仕事をする自分と自分の生活や家族を優先していらっしゃることです
だからと言ってノンビリ・ダラダラ・ルーズでもありません
逆に“時間”というモノの大切さや意味をよく分かっていらっしゃる気がしますし、質を大切にしていらっしゃり感性が研ぎ澄まされています
今のような働き方に至る前にはきっと何かにぶつかったり何かを乗り越えたり、はたまた悩んだりして…その先にたどり着いて見つけた何かがあったと思うのです
周りと違ってても良い
何かに属さなくても良い
多数派にならなくても良い
情報や流行の海を必死に泳いでのまれなくても良い
自分を大切にすること
自分のペースで自分らしく出来ることを探して選択していく
誰かのせいや何かのせいにするのではなく
自分らしさを知った上で働き、そして生きていく
実はその事が個性やひと味違った彩りとなり、結果的に人さまの関心にも繋がる
働く人が“自分が理想とする働き方・生き方”をしているその心意気は良い気となり、その気に反応する人は導かれる様に自然と集い、繋がり、更に良い気を作ります
そうやってその人なりの幸せの在り方を知っている人は、巡り巡って他の人も幸せにする事が出来ると私は思っています
レッスンや生徒さんとのあれこれで悩みがないわけではありません
講師は常に研鑽を積み、精進していかなくてはいけませんが、私は今、生きていくための講師業として考えれば十分に幸せです
だから今のところ、そしてきっとこれからも、私には募集や経営に関してのコンサルタントは必要無いと思っています