みずま音楽教室
今日は灌仏会(かんぶつえ)
我らが仏陀のご生誕日です
我らがって…(^_^;)
この日を知らない方や仏教徒の方が凄く多くて、私は密かにビックリです(お寺が経営する幼稚園や学校等は花祭りが行われていると思います)
かと言って熱心な仏教徒とは程遠い私は、この日をどうするという事もありませんが←どうもせんのかーーい!(泣)「今日はブッダさまのお誕生日だわ♡」と、ただ“その気持ちだけを胸に”手を合わせます(^_^;)←私はとてもひどい人間です(泣)
クリスマスもバレンタインデーもハロウィンも本来の意味とはかけ離れ(時には捻れ)完全にイベント化・商業化にアレンジしちゃうのが我が国・日本の凄いところではあるけれど(世界中でこんなに宗教観のない人が多い国も珍しいとは思うのですが…要は葬式仏教状態)キリストの生誕は祝うのにブッダの生誕をお祝いしないどころか知らない人が多い…これが日本の現実なのだなぁと思います
因みに私は生徒さん達が「キレイだな♪」と喜んでくれたらという思いのみでクリスマスの時期はツリーを飾るという、完全なる自己矛盾という暴挙に出ていますが(敬虔なクリスチャンの方からご指摘を受けて当然ですが)、教室内でもプライベートでもクリスマス会もハロウィンもイースターもしません
ハロウィンをするなら2月の節分に仮装しようよ!
最近は(ついに日本でも!)公言祭からケーキ屋さんがガレット・デ・ロワを販売する流れも出てきています
本当についに、ついに、と言った感じです(^_^;)
私は熱心な仏教徒ではないけれど、それらは季節の行事でもなく他宗教の行事なので…そういうことを当事者ではない人が“コレは季節の行事です!キリッ‼︎”みたいにやっちゃうのって…
ま、いっか…(^_^;)
特にハロウィンはケルト人が行っていた宗教的行事の本来の意味が捻れに捻れてしまい、“アメリカからやってきたおもしろい文化”になってしまったので、そりゃー現代の日本人でしたら漏れなく飛びつきますよ!といった感じでしょう
私の元生徒さんには敬虔なクリスチャンの方がいらっしゃるので(貴重なお話をたくさん聞かせて頂きました)私は余計に色んな事を考えてしまうのかもしれません
実は昔々、こんなことがあったのです
保護者の方ではありませんが、ある大人の方から「(教室で)クリスマス会くらいしてあげたらいいのに♪」と言われた事がありました
めっちゃ上から目線でビックリしましたが(・・;)
私が教室でクリスマス会をしない事を“クリスマス会をしない人=その教室の生徒さん方は可哀想と映るんだなぁ”と思うと、どんなに自分なりの考えややらない根拠があっても、逆に根拠のない方にとっては(本来疑問を持つべきところを集団心理・多数派になってしまった方はそこに疑問を持たないという典型例)私のような者は不思議な人に映るという“理不尽さ”に驚いた事もありました←これ、社会行動心理学と大いに関係する部分なんです
多くの宗教が混ざり合う国であれば、そういった指摘こそが宗教トラブルの素になる可能性もあります(指摘する事自体がそもそもおかしな話)
因みに私は相手の方とトラブル等は起こしておりませんのでご安心ください!
そこは私も大人なので相手の方に笑顔で「ウフフ♪」と謎の微笑み返しというリアクション致しました(^_^;)
そういったワケで自分軸がない中で「みんながやってるから…。」で流されないようにと、私は常々思っています
特にそれが他宗教と絡むことであれば、その宗教を真摯な気持ちで信仰される方を敬う意味でも、拒絶ではなく、互いを認め合うよい距離感でいられたらと思っています
ささやかな日常の中での
小さな気づきの根底にあるのは
仏様の教えである事にハッとさせられます
