先週の土曜日に実家に帰った時のこと。

 

庭仕事を終えて

裏のラーメン屋さんでお昼を食べて家に戻って。

 

そうだ、

時々四苦八苦してる母のスマホを見てあげなくちゃ、と思ってね。

「ママのスマホ、どこ?」

と聞いたのよ。

 

「バッグじゃない?」 と言われたので

ゴソゴソ探したけどなかなか見つからなかったの。

 

手を突っ込んで手探りしていたから(←私らしい)

電気を点けてバッグの中身をちゃんと見たよ。

 

そしたらね。

 

ビニールできちんと包まれていた

父と母が二人で写った写真。

 

普通の両親であれば

こんなことは ごく普通のことでしょうけれど・・・

 

 

うちは決して仲良しだったとは言えない二人だったから

ちょっとびっくりしたよ。

慌ててバッグの底に戻したわ。

父は単身赴任でほとんど家にいなかった人。

 

仕事に出てしまえば一年間、電話の1本もしてこない父は

九州男児で

「女は女中と同じ」 が口癖。

一人で家を切り盛りしていた母は 

もう自暴自棄気味だったし、

わけのわからない子供(←私ね)に

 

眉を吊り上げ鬼の形相で手を上げる毎日。

 

叩かれながら

母はかわいそうな人、だからしょうがない、

 

心の中でそう憐れんでいた。

 

中学に入る前あたりから

母は父と離婚する、と度々口にしていたよ。

何回か、あなた達はどっちについてくるの?と聞かれて

 

「どっちにもついて行かない。私はお姉ちゃんと二人で暮らすよ。」

と返答。

 

自分の年金をもらうまではとにかく我慢する、と決めたようで、

高校ぐらいになると母は「離婚」 という言葉を言わなくなった。

 

まあ、なんせあの父ですからね、

母はよくぞ黙って耐えていたなぁ、と

子供ながらにそう思っていたわ。

 

母は着々と離婚する準備を進め、

60歳になってから 別居を決行。

 

父が事故で亡くなるまで8年間、

うちの両親は離れ離れで暮らしました。

 

別居中、父は他の女性と結婚をしたかったようで

私に一度会って欲しい、と連絡がきたわ。

父の人生だからね、

離婚して誰かと再婚しても構わない、

ただその人と私が仲良くするということは期待しないでね、

 

と父には伝え、

父のお付き合いしていた相手とは一度も会うことはなかったよ。

 

77歳の時、

自転車に乗っていて車にはねられ、即死状態に。

病院に駆けつけた時には もう・・だった。

 

離婚すると言っていた両親は

結局最後まで離婚はしなかった。

 

子供の立場とすれば、

形だけでも籍が残っていたことにほっとしていたし、

結果的に 母が家に戻ってくることができてよかったなぁ、と。

 

そんなこんなで私の父と母は

仲の良い二人ではなかったのよ。

 

だから母のバッグから

父と二人で写った若い時の写真が出てきて

ちょっとびっくりしたのと、

 

ちょっと嬉しかったのと

へーー、と思ったのと。

 

きっと私の目からはわからない二人の関係があったのかな。

 

 

 

 
今年、母からのお中元は稲庭うどんでした。
ミニかき揚げとかにかまを乗せ、みょうがと青じそを薬味にして
 
つゆをかけてぶっかけうどんに。^-^
 
あの頃 異常なほどヒステリックだった母は
もうどこにもいない。
父が再婚しようかと考えていた女性が残していった布バッグが家にあったと
 
「物は良さそうなのよ。なっちゃん 使わない?」 と聞かれ、
ブブっと吹き出しそうになった私。
もうこれもあれもそれも みーーんな過去のこと・・・、
なのよね。
 
いいよ~、しっかりした造りでデザインもステキね、と
実家から持ち帰って重宝しています。
 
 
今頃 あちらの世界では父が苦笑しているかもね。