昨年9月10日にブログをはじめて、ちょうど半年が経ちました最初は何を書いたらいいのかわからず、せっかく書いてもほとんど見つけてもらえずとかなりしょんぼりなスタートでしたあせる



コツコツ更新しながら、セミナーに参加したり、いろんななたからアドバイスをいただいて、読者さんも少しずつ増えて昨日で585名になりました♡


感謝をこめて、なぜ私はお金の話をしてるのか?、今までのお金にまつわる話を中心に、あらためて自己紹介をしてみたいと思いますニコニコ

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私が生まれたのは東京オリンピックの翌年の昭和40年。その5年後には大阪万博が開かれ、「ちょっとがんばれば、今日より明日はもっと豊かになる」とみんなが思ってた、まさに高度成長の時代でした。



両親とも大阪出身でしたが、父は造船会社で働いていて、私は岡山の玉野という海の近くののんびりしたところで生まれ、そこで11歳まで過ごしました。




会社員の父と専業主婦の母、3つ上の姉との4人家族。私が9歳のときにはそれまで住んでた社宅から新築の家に引っ越して、年に1回は家族で旅行に出かけてというどこにでもあるフツーの家庭でした。









ところが、父の転勤で西宮に来て2年後、私が14歳のときに、なんと父が突然、今でいうリストラをされてしまいました

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父の次の仕事はなかなか決まらなかったので、岡山にいた頃は社宅の奥さん達とマドレーヌを焼いたり子どものワンピースを作ったりと優雅に暮らしていた母は、パートに出ることになりました。




近所のお酒の工場に行ったり、結婚式場の互助会の勧誘の仕事をしたり。
「知らない家を訪問して、アンケートをもらってくるんだけど、大きい家だとなかなか人が出てきてくれないから、ちっちゃいアパートとかのほうが話しを聞いてもらえた」と言っていました。


そのときはふ〜んって聞き流してましたが、ずっと後に自分が証券会社の営業の仕事で、同じように知らない家のインターフォンを押して冷たく断られ続けたときに、お母さん、こんなしんどいことやってたんだ
って初めて気がつきました。


そのときにはもう母はこの世にいませんでしたが...

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50年ちょっと生きてきて思うのは、その場所に立たないと見えない景色があるということです。


高いビルを見上げて、あの上からどんな景色が見えるのか想像してみてもほんとのところはわからないように、子どもが生まれたらどんな気持ちになるんだろう?親が歳をとっていなくなったらどうなるのかな?
...実際のところ、その立場になってみないとわからないということはたくさんあります。




そんな経験を、たくさんしてきました。



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その後1年ほどで何とか父の次の仕事が決まり、私たちは短大に進学させてもらうことができましたが、そのときの経験でお金って、大事なんやなということは強く感じました。


お金で家族が辛い思いをしたり、将来の選択をあきらめてしまうこともある。もちろん、ただお金さえあればいいというわけじゃないですが...





そして今思えば、父も辛い思いや苦しい気持ちはもちろんあったと思いますが、私たちの前では弱音を吐くことなく、「いざとなれば、力仕事でも何でもするから、心配しなくても大丈夫だから」とずっと言っていました。


何があっても自分が家族を守るから
そんな父を心からすごいなと思えたのは、それからずっと後、私がひとりで子どもを育てていくことになったときのことでした。