
前回のお話はコチラ
営業女子ができるまで〜その1
証券会社に就職して前半は事務職、後半は営業職で計28年(うち育休3年)働きまたその間に結婚→2人の息子を出産→離婚と、まあまあいろいろありました(^_^;)
実家に戻った頃は両親にいろいろ助けてもらっていましたが、その後父が亡くなり、しばらくして母も要介護状態になり、病院から施設に入りました。
仕事は忙しく、子どももまだ手がかかる。母は私が来るのを待ってる....
正直なところ、子どもたちのことはほったらかしで、家に帰ると「お前ら今日も変わりなかったか~?」と完全に親父のようでした
でもふと、もうこれ以上がんばるのムリかな~と思ったのは、母を見送り、下の息子が大学に入るタイミングでした。
証券会社に就職して前半は事務職、後半は営業職で計28年(うち育休3年)働きまたその間に結婚→2人の息子を出産→離婚と、まあまあいろいろありました(^_^;)
実家に戻った頃は両親にいろいろ助けてもらっていましたが、その後父が亡くなり、しばらくして母も要介護状態になり、病院から施設に入りました。
仕事は忙しく、子どももまだ手がかかる。母は私が来るのを待ってる....
その頃は、身体が3つほしいという感じでした。
正直なところ、子どもたちのことはほったらかしで、家に帰ると「お前ら今日も変わりなかったか~?」と完全に親父のようでした

それでも2人とも文句も言わずがんばってくれて、私が育ててる、というより、一緒に闘う同士、みたいな関係でした。
後になって「僕らがぐれへんかったのは、お母さん単に運がよかったんやで~」と言われましたが.
父が元気な頃「子どもは、親の言うことなんか聞かへんけど親の背中はちゃんと見てるんやで」とよく言っていました。
どんな背中に見えてたかはわかりませんが、その頃から基本的に考えてなんとかなることは一緒懸命考える、そうじゃないことは考えないと決めていたので、あまり悩まずにやってこれたのかなと思います。
後になって「僕らがぐれへんかったのは、お母さん単に運がよかったんやで~」と言われましたが.
父が元気な頃「子どもは、親の言うことなんか聞かへんけど親の背中はちゃんと見てるんやで」とよく言っていました。
どんな背中に見えてたかはわかりませんが、その頃から基本的に考えてなんとかなることは一緒懸命考える、そうじゃないことは考えないと決めていたので、あまり悩まずにやってこれたのかなと思います。
でもふと、もうこれ以上がんばるのムリかな~と思ったのは、母を見送り、下の息子が大学に入るタイミングでした。
