こんばんちは。
ともちんです![]()
さて、新学期がはじまり
1ヶ月が経過したこの時期から
年末に向かうまでの3ヶ月の期間
動けずに停滞している息子を横目に
自分だけが焦っている
そんな時期でもありました。
皆さんのブログを拝見していると
あの頃、どんな気持ちで過ごしたのかを
思い出してしまいます。
10年前は今のように
このブログなどのSNS上で
情報の共有が当たり前の時代では
ありませんでした。
不幸なのは我が家だけ。
相談できるのは旦那さんだけ。
そんな状況の中で、
不登校の息子の行く末を案じ
どうすれば事態が良い方向に行くのか?
考えれば考える程、悩めば悩む程、
余計に分からなくなっていました。
もう、お手上げ状態でした。
『どうしたらいいの…?
知ってる人がいたら、
誰か教えて下さい…』と
どれだけの涙を流したことでしょう。
自分の体調の良い時は
息子にも旦那さんにも
優しく語りかける自分がいました。
仕事に疲れ精神的に余裕がなくなると
イライラ怒りっぽくなりました。
旦那さんに私の気持ちを
聞いて貰ってストレスを解消していました。
その旦那さんも、人間ですから
受け止めることができる時と
そうでない時がありました。
そうでない時は、
旦那さんも徐々に冷静さを欠き、
怒鳴り合いの夫婦喧嘩となりました。
リビング真上の2階にいる息子には
自分の事が原因で言い争っているのだと
当然ながらわかっていたはずです。
旦那さんからは
『僕に言ってることを
そのまま息子に問うてみたらどうや?』
と毎回も言われましたが、出来ませんでした。
出来なかったのではなく、
『もう二度と、息子がイラつく事を
こちらから聞かない・問わない
答えを求めない・こちらから近づかない』
と決めていましたから。
そうは言っても
卒業後の進路をどうするのか等
担任との話し合いは
自分一人で動いていましたから
その事だけは、
伝えなくてはなりませんでした。
息子の本心は
そのまま中高一貫校高等部へ
進むことでした。
条件がクリアできない可能性が高く
その時点で、ほぼ無理な事が確定していたため、
次の進路を考えなくてはなりませんでした。
その事を正しくかつ冷静に
息子に伝えるためどうしたらいいか?
旦那さんと話し合って
学校というカオスな場所で
学級担任から責任を持って
伝えて貰うことにしました。
息子は冷静に聞いていました。
もちろん、姿勢を正して
聞いていた訳ではありません。
椅子に浅く座り、
背もたれに踏ん反りかえった格好でです。
それでも息子は
ダメかも知れないけど
高校へ上がれるかどうかの
最後の試験を受けることを
希望しました。
結果は、ご承知な通り
進学できませんでした。
だからと言って、
その他の高校を受験する気など
持ち合わせてはいませんでした。
何処かに所属していなければ
不安で仕方がなくなるという
それだけの理由で
夜間定時制高校に
行くことを選択しました。
もちろん、試験はありましたが
受験対策など全くせずに
入学試験当日を迎えました。
息子にとっての高校受験日
受験票を忘れてしまう程の
どうでもいいイベントだったのです。
ここまで読んでくださった方、
どのように感じましたか?
もしかすると
我が家の方がマシかもしれない…と
思われた方も多くいらっしゃるのでは
ないでしょうか。
そんな我が家の息子でも
自分で考え、行動に移すことが
出来るようになったのです。
だから、安心して下さい。
動き始めてからも
足踏みしたり、
思わぬ方向へ進んでしまったり
後戻りしたり…。
そんなことの繰り返しでしたよ。
でもそれは、不登校の息子だから
特別にそうだったとは思いません。
今だから、そう思えるのかもしれません。
その時は、そんな余裕など
1ミリも無かったのでしようね。
普通に学校に通い、進学し
何事も無かったかのように
笑顔で学校生活を送っているような
彼や彼女ら。
羨ましくて、仕方ありませんでした。
というか、そういう姿を見るのが辛かった。
でも、そんな彼やら彼女らも
不登校とは別の次元かも知れないけど、
迷い、悩みながら
自分の人生を歩んでいることに
違いはないと思います。
何事もなく高校・大学と進んだとしても
社会人になり、環境が合わなかったり
何かしらの理由で
苦悩し、絶望して出社できなくなる
そんなケースだってあるのですから。
動こうともしない息子の姿に
イライラしているお母さん達へ
貴重な経験だったと、親子共々
振り返ることができる日が
必ずやってきます。
足並みを揃えなくてもいいんだと
腹をくくってしまえば
いいんだと思います。
大学受験、間に合わなければ
それなら、それでいいじゃない。
来年またトライするのかどうか
決めるのは、子供自身ですから。