【エゴを超えて上質の人生へ!】
人生を変える!アネモネのセラピー
quantum tuning&talk session
魂の歓びを生きるあなたへ♪
こんにちは。
先日、わたしが参加しているグループに、久しぶりにプロフィール作成の依頼が入りました。
そういえば、以前そのグループでプロフィール作成のお手伝いをしていたときに、プロフィール作成をサポートするchatGPTを作ったんだった。
数か月ぶりに使うことになったので、
「これ、今使ったらどんな感じなんやろ?」
と、わたしも久しぶりに使ってみました。
そしたら、
「おー! けっこうよくなってるやん!」
ChatGPT、進化したなぁ。
せっかくなので、わたし自身のプロフィールも作ってみました。
これがね、思いのほかおもしろかったんです。
自分のこれまでを振り返りながら質問に答えていくと、
「ああ、今のわたしって、こんな感じなんや」
と、改めて自分のことがよくわかった。
普段、自分のことをこんなふうに振り返ることって、あまりないもんね。
というわけで、
今日は、そのプロフィールを載せてみます。
…
さちほプロフィール
〈はじめに〉
こんにちは。さちほです。
長く生きていると、いろんなことがあります。
うれしいことも、楽しいことも、思い通りにならないことも。
「どうして、こんなことが起きるんだろう」と思うようなこともありました。
振り返ってみると、わたしの人生は、ずいぶんいろんな方向へ進んできたように思います。
学校の先生をしたり、花屋さんで働いたり。
ブログを書いたり、セッションをしたり、アクセサリーをつくったり。
本を書いたり、電子書籍を出したり、LINEスタンプまでつくったり。
一見すると、とっ散らかっています(笑)。
でも、今は思うのです。
人生って、そんなものじゃないかしら、と。
〈わたしの半生〉
40歳のころ、突然、
「わたし、花屋で働かなかったら、死ぬとき後悔する」
そんな思いが湧いてきました。
花屋さんで働いた経験なんてありませんでした。
それでも、求人の貼り紙を見つけると、そのまま飛び込んでみました。
実際に働いてみると、想像していたより100倍くらい大変でした(笑)。
それでも、やってみてよかった。
花のことを覚え、花束やアレンジメントをつくれるようになったことももちろんですが、何より大きかったのは、
「自分の内側から聞こえてきた声を信じて、動くことができた」
ということでした。
今、40歳のころの自分に会えたなら、
「よく動けたね。ありがとう」
そう言って、拍手を送りたいと思います。
その後、長年の夢だった教師の仕事にも戻りました。
大学で教育学を学び、最初は中学校で教壇に立ちました。
20年ほどのブランクを経て、もう一度、公立高校の国語教師として教壇に立ちました。
国語が好きだったわたしをちゃんとわかってくれていて、授業のときに、さりげなくそのことをクラスに伝えてくれた高校の時の担任の先生。
この先生のおかげで、わたしは、ずっと国語が好きでいられた。
わたしもあの先生のようになりたいとずっと思っていた。
生徒たちに、
「国語って、おもしろいな。
小説って古典っておもしろいな。
俳句もいいじゃん」
そう思ってもらえたらうれしい。
そんな思いで働いていました。
大変だったけれど、本当に楽しくて、充実していました。
そして、「教師として国語のおもしろさを伝えたい」という、もうひとつの夢も、ちゃんと全うすることができました。
49歳のとき。
19歳だった娘を亡くしました。
今まで生きてきて、拠り所にしていたことが、一度全部壊れました。
それまでのわたしは、
「わたしがわたしの人生をつくっている。
どんなことでも、一生懸命努力すれば結果は出せる」
そんなふうに思っていました。
娘が心や身体を壊したときも、
「どんなに大変でも乗り越える。
わたしが救ってみせる」
そう思っていました。
けれど、人には、自分の努力や意志だけではどうにもできないことがある。
そのことを、娘の死によって、身をもって知らされたのです。
そして、
「この世界は、わたし一人の顕在意識だけでできているのではないんじゃないか。
目に見えない世界があるんじゃないか」
そんな思いが生まれました。
ここから、わたしの魂の旅が始まったように思います。
〈魂の旅が始まった〉
ある本との出会いをきっかけに、目に見えない世界への興味が深まりました。
その後、足立育朗さんの『波動の法則』を読んだり、『アウト オン リム』に出会ったり。
ドロレス・キャノンの退行催眠セッションなど、興味の向くままに様々なセッションや講座を受けました。
そうすることで、それまで知らなかった世界の見方や、人生についての考え方を、たくさん知りました。
その中で気づいたのは、
わたしは、自分でも気づかないうちに、たくさんの「こうあるべき」に囲まれて生きていたんだ、ということ。
「頑張ること」
「努力すること」
「教えられた価値観に沿って生きること」
それだけが、この世界での生き方ではない。
そして、
「人生は、選択だ」
という感覚が、少しずつわたしの中に根づいていきました。
〈出逢いが、次の扉を開いていった〉
娘を亡くしてから2年ほどして、夫の転勤について、それまで一度も暮らしたことのなかった県外へ出ました。
広島、岡山、そしてまた広島。
知らない土地で、知らない人たちの中で暮らすことは、わたしにとって大きな転機でした。
「誰かにどう見られるか」よりも、
「わたしは何をやってみたい?」
そんなふうに、自分の好奇心に従いやすくなったのです。
広島ではシータヒーリングを学び、岡山ではアクセスバーズに出会い、ブログを通してたくさんの方がセッションや講座を受けに来てくださいました。
そして、どの土地でも、すばらしい人たちと出逢いました。
今でもつながっている人がたくさんいます。
振り返れば、わたしの人生は、
やりたい → やってみる → 全うする → ありがとう、と手放す → 次の世界へ行く
そんなふうに進んできたのかもしれません。
〈現在の活動〉
2017年、広島にいたころ、ひょんなことから量子調律器と出会いました。
「世界は波動でできている」
そんなふうに学んできたことを、今度は日々の暮らしの中に落とし込んでいく。
そんな感覚で、量子調律セッションを始めました。
また同じころ、カッサーラ工房のテラヘルツ製品、そしてホルミシス化粧品との出会いもありました。
自分自身が使ってみて、「これはいいな」と感じたものを、必要な方に紹介したい。
そんな思いから販売を始め、さらに「いつも身につけていたい」という自分の思いから、テラヘルツを使ったアクセサリーづくりも始めました。
気づけば、自分が意外と手先が器用だということもわかり(笑)、アクセサリーづくりは今も楽しく続いています。
現在は、
・量子調律セッション
・オリジナルアクセサリーの創作販売
・ホルミシス化粧品、テラヘルツ製品の販売
・オリジナルふんぱんづくり
・電子書籍出版
・LINEスタンプ制作
・編み物
など、(趣味も含めて)いろいろなことをしています。
一見すると、やっぱりとっ散らかっています(笑)。
でも今は、これら全部が根っこではつながっているのではないかなと思っています。
それは、まだうまくことばにはできていません。
〈上質人生〉
63歳のとき、右の人工股関節置換手術を受けました。
それまで感じていた痛みから解放され、わたしにとっては人生の質が大きく変わる経験でした。
そのころから、
「上質人生」
という言葉が、わたしの中に生まれました。
わたしの思う「上質」は、贅沢をすることでも、何か特別なものを手に入れることでもありません。
わたしにとっての上質とは、
「人生にくつろいで生きる」
ということ。
がんばりすぎず、誰かと比べすぎず、今ここにあるものを味わいながら生きることです。
〈足元を見つめる暮らし 〉
最近のわたしは、「足元を見つめる暮らし」という言葉が好きです。
わたしは、この足元を見つめる暮らしからは離れられない。
たとえこれから何か大きなことをしたとしても、結局わたしは、日々の暮らしへ戻ってくるのだと思います。
朝、庭に咲いた花を見る。
庭で採れた5粒のいちごでジャムをつくる。
鳥の餌台にやってくるスズメを眺める。
編み物をしたり、料理をしたり、夫と一緒に過ごしたり。
朝咲いた朝顔が、夕方にはしぼんでいる。
でも、明日また別の花が咲く。
今日の花は、今日しか咲かない。
そんなことを思いながら、一日一日を味わっています。
いちごの葉についた小さな朝露の中にも、宇宙の大きさを感じることがあります。
わたしにとって植物は、命の源泉のような気がしてきました。
大きなことをしなくてもいい。
人生は、日々の暮らしの上にしか成り立たない。
それこそが人生なのだと、今のわたしは思っています。
〈重層的なわたし、重層的な人間〉
人は、素晴らしい存在でもあるし、同時に、見方によってはいやな面も持っています。
かっこいいところもあれば、かっこ悪いところもある。
人に優しくできる日もあれば、意地悪な自分が顔を出す日もある。
欠点も、弱さも、嫉妬も、迷いもある。
それでも、それらを全部ひっくるめて「わたし」です。
人は、とても重層的な生き物です。
だから最近のわたしは、きれいにまとめようとすることを少しずつやめていっています。
そつなくまとめない。
人間的な香りを忘れない。
かっこ悪いところも、いやなところも、欠点も、すべて含んで生きることが、わたしというふうになってきました。
〈エゴを超えて〉
2年ほど前、ブログのタイトルを
「エゴを超えて上質の人生へ」
に変えました。
でも、「エゴを超える」ということが、最近になって少し違う意味で感じられるようになってきました。
わたし、という存在が薄くなるとき。
わたしと他人、わたしと世界の境目が、少しあいまいになるとき。
そんなとき、わたしはとても心地よく、わたしが歓んでいると感じます。
世界から「わたし」という個人を切り離すのではなく、
わたしと世界が、まじりあっている。
それが「エゴを超える」ということなのではないかと。
まだうまく言葉にはできません。
でも、これからのわたしは、そんな感覚からも、文章を書いていくのだと思います。
〈おわりに〉
子どものころ、わたしは作家になりたかった。
今、その夢は、ブログや電子書籍、SNSという形で、思いがけず続いています。
これまでに、
『人工股関節置換手術のあとさき』
『段ボールのお城のさちほさん』
『ほんのひとくちの豊かさ』
という3冊の電子書籍を出しました。
ジャンルも内容も、それぞれ違います。
でも、どの本も、よくわたしのことを語ってくれているように思います。
これからは、もっと旅をしたい。
知らない土地に出かけて、
暮らすように旅をして、1週間、半月、できれば1か月くらい、その土地で暮らしてみたい。
気の合う友人と、一緒に暮らすような時間も過ごしてみたい。
夫とは、お互いを尊重しながら、心地よい関係を続けていきたい。
庭では、季節の花や野菜を育てたい。
そして、年に2冊くらいは電子書籍も出したい。
わたしの人生の旅は、これからもきっと、もっととっ散らかっていくでしょう。
でも、それでいい。
人生は、そんなものだから。
何か立派な人生を生きるというより、ただ、わたしがわたしの人生を生きている姿を、これからも見せていきたい。
その姿を見た誰かが、
「こんな生き方をしている人もいるんだ」
と思ってくれたら。
そして、
「わたしも、わたしの人生を肯定して、楽しもう」
そんなふうに思ってくれたら。
それだけで、十分なのだと思います。
今日の花を、今日の花として歓ぶ。
今日という一日を、今日の一日として生きる。
それが今のわたしにとっての「上質人生」です。
以上です。
このchatGPT、我ながらよくできていると思っています。
chatGPTの質問に答えていくだけで、こんな文章をつくってくれます。
納得がいかないところは、何度も「そこは違う」と言っていいのです。
「これ、わたしが書いた文章?」と思うくらいに、自分の思いと同じになるまで、時間をかけて書き直すことができます。
また、「こんなに長くなくていい」と思ったら、それも伝えてください。
たとえば、インスタ用、FB用、note用などと指示すれば、それに合わせていくらでもつくってくれます。
ちなみに、これはわたしがChatGPTを使って、プロフィール作成用につくったものです。
ここに、このchatGPTのアドレスを貼っておきますね。
まずは、「こんにちは」と話しかけてみてください。
どうぞご自由にお使いください。
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『段ボールのお城のさちほさん』
『人工股関節置換手術のあとさき』








